『目の見えない人は世界をどう見ているのか』 ― 2016年02月26日 08:59
読んでいてワクワクしました。これ、比較文化論だと思います(著者はまえがきで「身体論」と表現されていますが)。『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(伊藤亜紗 光文社新書 2015年4月)を一気に読みました。私の価値観の一部が変容したと感じます。
見えない人にとっての世界を書いた本・・といっても、例えば、見える人がアイマスクをして歩いてみて「怖い」「大変」と感じるといった、そういう独りよがりな話ではありません。そして「だから助けてあげましょう」といった「道徳的」な話でもありません。
そうですね、例えば、日本人は虹を7色に見るけれどある国では5色ととらえる・・とか、虫の音色を日本人は美しい響きと受け止めるけどどこそこの国では雑音・・とか、「かわず飛び込む水の音」と聞けば日本人は当然「一匹のカエル」を想起するけれど英語圏の人は「単数か複数か」を明確にしなければ判らない・・とか、そういうものの捉え方の違いの話です。そこに上位下位の概念もなく、優劣もなく、もしてや「欠落」でもない。あるのはただただ「違い」だけ。その関係はフラットです。
そんなふうな「違い」が書かれているんです、見えてる人と見えない人の。
「へぇ~そうなんだ~」と知らない文化に接した気がします。
「ソーシャルビュー」なんて言葉も概念も知らなかったし、「見えない世界に死角はない」とか「媒介としての障害」とか、新たな視点を得ることができました。
そもそも「見る」ってどういうことなのか・・・、私は本当に「見えて」いるのか・・・私に「見えて」いるものは何なのか・・・考え出すと止まりません。
「目から鱗」が満載の一冊でした。
見えない人にとっての世界を書いた本・・といっても、例えば、見える人がアイマスクをして歩いてみて「怖い」「大変」と感じるといった、そういう独りよがりな話ではありません。そして「だから助けてあげましょう」といった「道徳的」な話でもありません。
そうですね、例えば、日本人は虹を7色に見るけれどある国では5色ととらえる・・とか、虫の音色を日本人は美しい響きと受け止めるけどどこそこの国では雑音・・とか、「かわず飛び込む水の音」と聞けば日本人は当然「一匹のカエル」を想起するけれど英語圏の人は「単数か複数か」を明確にしなければ判らない・・とか、そういうものの捉え方の違いの話です。そこに上位下位の概念もなく、優劣もなく、もしてや「欠落」でもない。あるのはただただ「違い」だけ。その関係はフラットです。
そんなふうな「違い」が書かれているんです、見えてる人と見えない人の。
「へぇ~そうなんだ~」と知らない文化に接した気がします。
「ソーシャルビュー」なんて言葉も概念も知らなかったし、「見えない世界に死角はない」とか「媒介としての障害」とか、新たな視点を得ることができました。
そもそも「見る」ってどういうことなのか・・・、私は本当に「見えて」いるのか・・・私に「見えて」いるものは何なのか・・・考え出すと止まりません。
「目から鱗」が満載の一冊でした。






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