独立型社会福祉士実践報告会 ― 2015年03月01日 05:08
昨日、大阪社会福祉士会 独立型社会福祉士実践報告会が開催されました。私は発表者の一人として参加しました。この場で実践報告をするのは5年ぶりのことで、自分のこの5年を振り返る良い機会ともなりました。
今回の実践報告会は、講演・実践報告・質疑応答という構成です。
天候の悪い中、青森からはるばる来阪くださった小川幸裕先生(弘前学院大学社会福祉学部准教授)の講演のテーマは『独立型社会福祉士事務所の現状とこれからのあるべき姿』。このタイトルだけでテンションがぐんぐん上がりますね。
2014年のアンケート調査をもとにしたご報告でしたので、まさに最新情報!さまざまな属性や現状、課題などが示されました。このような調査結果を聞くと、自分の立ち位置を客観的に再確認できます。
私が特に印象深く受け止めたのは、「これからのあるべき姿」として示されたことの1つ「やりたい活動や得意な活動に囚われない」というご指摘です。
なぜならこの時私はそのあとの自分の発表で「自分の得意なことを自覚して、それを存分に活かしていこう」と言うつもりだったからです。
でも、この「得意な活動に囚われない」というご指摘は、決して「得意なことをやるな」という意味ではありませんでした。そういう意味では全然なく、「得意なことに囚われていると活動の範囲や可能性を自ら狭めてしまう」ということでした。
なるほどなぁ・・と思いました。ついつい「自分は○○の経験があるから」とか「長年○○をやってきたから」とそのフィールドでの独立型としての可能性を模索していきがちですけれど、そのことが実は可能性を狭めることにもなりかねないというわけですね。
もちろん独立して活動していくうえで、最初の取っ掛かりは自分のこれまでの経験がベースになるでしょう。ですけれどそれに「囚われない」。
それは私の「自分の得意なことを自覚する」というのと相反するものではないのです。
独立型で活動するということは、制度の縦割りに縛られずに活動できるという何ものにも代えがたいメリットがあります。なのに、自らの可能性を「囚われる」ことで狭めてしまうことはもったいないことですね。私ももう一度「自分の棚卸し」をして、フラットな状態で「自分の出来ること」を見つめなおしてみようと改めて認識した次第です。
実践報告は横田一也氏(社会福祉士事務所カラーサ)と私の2名です。横田さんはまだ30代の若手です。パワーと勢いがありますね。彼は私と違って「地域のため」という視点の活動が多くあります。見習いたいところです。
私の報告は、5年前と比べての現状と課題といったところでしょうか。最後は「一人一人が‟さすが社会福祉士”といわれるような仕事をしよう!」というメッセージで締めくくりましたが、はてさて「さすが社会福祉士」って何だ・・?そういう自分は出来ているのか・・? 自分への問いかけでもあります。そしてそれは小川先生のおっしゃった「ソーシャルワークの体現者になる」ことにもつながると感じています。
さてこういう報告や発表などのあと、必ず私が陥るのは「終わりのない一人反省会」です。特に質疑応答!あとになればなるほど「あの質問はこういうことが聞きたかったんだ。なのに私ったら・・」とか「あの質問にはこう答えれば判りやすかったのに」とか「こういう例を出せば良かった~」とか、とにかく数日は引きずります。なかなかとっさには頭が回らなくて、反省点ばかりが浮かびます。まぁこうして経験とストックが蓄積されていくのでしょう。
はるばる会場に足を運んでくださった皆さん、質問してくださったあなた、本当にありがとうございました。またお目にかかれる日を楽しみにしています。お疲れさまでした。
今回の実践報告会は、講演・実践報告・質疑応答という構成です。
天候の悪い中、青森からはるばる来阪くださった小川幸裕先生(弘前学院大学社会福祉学部准教授)の講演のテーマは『独立型社会福祉士事務所の現状とこれからのあるべき姿』。このタイトルだけでテンションがぐんぐん上がりますね。
2014年のアンケート調査をもとにしたご報告でしたので、まさに最新情報!さまざまな属性や現状、課題などが示されました。このような調査結果を聞くと、自分の立ち位置を客観的に再確認できます。
私が特に印象深く受け止めたのは、「これからのあるべき姿」として示されたことの1つ「やりたい活動や得意な活動に囚われない」というご指摘です。
なぜならこの時私はそのあとの自分の発表で「自分の得意なことを自覚して、それを存分に活かしていこう」と言うつもりだったからです。
でも、この「得意な活動に囚われない」というご指摘は、決して「得意なことをやるな」という意味ではありませんでした。そういう意味では全然なく、「得意なことに囚われていると活動の範囲や可能性を自ら狭めてしまう」ということでした。
なるほどなぁ・・と思いました。ついつい「自分は○○の経験があるから」とか「長年○○をやってきたから」とそのフィールドでの独立型としての可能性を模索していきがちですけれど、そのことが実は可能性を狭めることにもなりかねないというわけですね。
もちろん独立して活動していくうえで、最初の取っ掛かりは自分のこれまでの経験がベースになるでしょう。ですけれどそれに「囚われない」。
それは私の「自分の得意なことを自覚する」というのと相反するものではないのです。
独立型で活動するということは、制度の縦割りに縛られずに活動できるという何ものにも代えがたいメリットがあります。なのに、自らの可能性を「囚われる」ことで狭めてしまうことはもったいないことですね。私ももう一度「自分の棚卸し」をして、フラットな状態で「自分の出来ること」を見つめなおしてみようと改めて認識した次第です。
実践報告は横田一也氏(社会福祉士事務所カラーサ)と私の2名です。横田さんはまだ30代の若手です。パワーと勢いがありますね。彼は私と違って「地域のため」という視点の活動が多くあります。見習いたいところです。
私の報告は、5年前と比べての現状と課題といったところでしょうか。最後は「一人一人が‟さすが社会福祉士”といわれるような仕事をしよう!」というメッセージで締めくくりましたが、はてさて「さすが社会福祉士」って何だ・・?そういう自分は出来ているのか・・? 自分への問いかけでもあります。そしてそれは小川先生のおっしゃった「ソーシャルワークの体現者になる」ことにもつながると感じています。
さてこういう報告や発表などのあと、必ず私が陥るのは「終わりのない一人反省会」です。特に質疑応答!あとになればなるほど「あの質問はこういうことが聞きたかったんだ。なのに私ったら・・」とか「あの質問にはこう答えれば判りやすかったのに」とか「こういう例を出せば良かった~」とか、とにかく数日は引きずります。なかなかとっさには頭が回らなくて、反省点ばかりが浮かびます。まぁこうして経験とストックが蓄積されていくのでしょう。
はるばる会場に足を運んでくださった皆さん、質問してくださったあなた、本当にありがとうございました。またお目にかかれる日を楽しみにしています。お疲れさまでした。
3月11日 ― 2015年03月11日 10:53
東日本大震災から4年。私は、この4年間、直接的には何も出来ずにいます。他の社会福祉士のように被災地に足を運ぶこともなく、関西に来られた被災された方のご相談を受けたことも、お目にかかったこともありません。
震災当初、そんな自分がもどかしくてもどかしくて仕方がありませんでした。私も行きたい、行って何かお役に立ちたいと思いました。
そんな時、関東で医師をしている友人に「被災された患者さんなどの受け入れでこれから大変になるね」とメールしました。
その返信は、
「そうかもしれないけど、とにかく私は目の前の患者さんの治療をするだけ」
というものでした。
私はハッとしました。震災直後の、周辺の動きが非日常となっている中にあって、彼女はそれに動じることなく「今の自分の果たすべきこと」と真摯に向き合っていたのです。それは決して震災に目を向けていないわけではありません。仕事に対する姿勢が、何ものにも惑わされていなかったのです。
その返信を読んで、私は少し気持ちが落ち着きました。被災地に行くことそのことだけが支援ではない・・と。行ける人は行くし、そうではない人もそれぞれの役割があるのだと。
というよりも、こんな時こそ「目の前の日常」を守ることも大事なのではないかと思ったのです。
あれから4年経った今、私に出来ること・・それは、自分の仕事をきちんと果たすこと、募金すること、関心を持ち続けること、他人事だと思わないこと、被災地の生産物を購入すること、災害時に社会福祉士に出来ることは何かを考えること。
3月7日の朝日新聞の投書欄に、社会福祉士を夢見る大学生の声が掲載されていました。頼もしいですね。
これから社会福祉士を目指す人たちに、この震災での教訓を伝えていくこと・・それも大事な役割かと思います。
どうか一日も早く全ての人が笑顔で暮らすことができますように。
震災当初、そんな自分がもどかしくてもどかしくて仕方がありませんでした。私も行きたい、行って何かお役に立ちたいと思いました。
そんな時、関東で医師をしている友人に「被災された患者さんなどの受け入れでこれから大変になるね」とメールしました。
その返信は、
「そうかもしれないけど、とにかく私は目の前の患者さんの治療をするだけ」
というものでした。
私はハッとしました。震災直後の、周辺の動きが非日常となっている中にあって、彼女はそれに動じることなく「今の自分の果たすべきこと」と真摯に向き合っていたのです。それは決して震災に目を向けていないわけではありません。仕事に対する姿勢が、何ものにも惑わされていなかったのです。
その返信を読んで、私は少し気持ちが落ち着きました。被災地に行くことそのことだけが支援ではない・・と。行ける人は行くし、そうではない人もそれぞれの役割があるのだと。
というよりも、こんな時こそ「目の前の日常」を守ることも大事なのではないかと思ったのです。
あれから4年経った今、私に出来ること・・それは、自分の仕事をきちんと果たすこと、募金すること、関心を持ち続けること、他人事だと思わないこと、被災地の生産物を購入すること、災害時に社会福祉士に出来ることは何かを考えること。
3月7日の朝日新聞の投書欄に、社会福祉士を夢見る大学生の声が掲載されていました。頼もしいですね。
これから社会福祉士を目指す人たちに、この震災での教訓を伝えていくこと・・それも大事な役割かと思います。
どうか一日も早く全ての人が笑顔で暮らすことができますように。
アラフィフの仲間入り ― 2015年03月26日 10:09
47歳になりました。
46歳までは、なんとなくまだ気分はアラフォー(のつもり)でいましたけれど、47歳になると、「50歳」が近いことを当たり前に受け止めることができています。抗う気持ちは不思議なほどないものですね。
最近、街中で「若いひと」が増えたなぁ・・・なんて思うのですが、ひとえに自分が「年配者グループ」に仲間入りしたからなのですね。
「若い頃」とか「若い人」なんていうフレーズを使うようになったのも最近です。これまではまだ躊躇してました。
さて、そんな私が、「若い頃」と比べて変わったなぁと思うことを列挙してみます。
その① 「繰り返し」が愛おしい
若い頃は、「毎日同じことの繰り返し」なんて、つまらなくて、退屈で、変化がなくて、成長してなくて、とにかく「同じことの繰り返し」から脱出することが意味あることのように思っていました。
今は違います。
「今日も同じことをできること」に感謝と安堵を感じます。今日も、いつもと同じように、いつもの紅茶を飲んだ、いつもと同じように食器を片付けた・・・そんな小さな「いつもの○○」が滞りなくできること、それは自身が健康であること、トラブルなく生活できていることの証だと、愛おしく感じます。
「つまらない」と思っていた家事でさえ、それが出来ることに慈しみを感じますし、役割があることをありがたいとさえ思います。朝起きて「やること」があるというのは幸せなことですね。
その② 「ラジオ体操」が「良い運動だ」と実感する
若い頃は、ラジオ体操なんて運動のうちに入らないと感じてました。簡単すぎて、地味すぎて、楽勝な動きと思ってました。
それが今では「ええ運動になるわ~」としみじみ感じ入ります。
昔、中学生の頃の担任の先生が、週に一度の朝礼時のラジオ体操のあとに決まって「良い運動になったわ~」とおっしゃることの意味がさっぱり分からなかったのですが、今や、私も心から「ええ運動やわ~」と思います。先生の気持ち、ようやく理解できました。
テレビで日に何回かやっているラジオ体操第1・第2・みんなの体操なんて「誰がやるねん」と思っていたものですが、今やすっかり毎朝の日課です。
それにしてもラジオ体操って、何十年やってても、そして毎日やってても飽きないのですから、ほんと良く出来てますよね~。
その③ あえて負荷を、そしてその目的は「カロリー消費」ではない
若い頃は、「いかに効率よくできるか」ということに工夫を凝らしていました。家の中の動線や物の置き場などは、少しでも負担を減らすことを考えてました。
それが今では、あえて「負荷」をかけるようになりました。
例えば、頻繁に使う「鍋つかみ」の置き場を、あえて背伸びしないと届かないところを定位置としているだとか、布団をしまう場所はあえて「押入れの上」でどっこいしょな場所にするだとか、外出先でトイレに行くときは、あえて和式にする(ことでスクワット的な動作を課す)だとか、そういうことです。
そしてその目的は「カロリー消費」だとか「ダイエット」ではもはやなく、ただただ「老化防止」。
今日もその動作ができることを確認しつつ、いつまでもこれが出来ますようにと願う気持ちが芽生えています。
(と言いながら、電車では座りたい!と思います。電車で立つ、は負荷が大きすぎてへこたれます・・・。座席の隙間をめざとく見つけるおばちゃんであることに恥じらいは・・・もはや、ない、かな・・・。あぁ・・。)
その④ 1日に用事は1つ
若い頃は、いかに効率よくコトを処理するかが命題でした。複数の案件を同時進行なんて当たり前。1日にスケジュールが何個も入ってるなんて当然。家事なんて、いかに短時間にたくさんのことを進められるかが重要でした。15分であれもこれもそれもやっちゃって、はい出かける!というような感じです。
そうでないと生活が回らなかったということもありますが、それができるエネルギーがあったのですね・・・・
今は、一度に2つ以上のことをすることが苦手になってきました。注意力が散漫になるというか、集中できないというか・・。
1日の予定も「1日に1つの用事」で十分な感じです。群ようこさんの『ゆるい生活』にも似たような描写があって、私だけじゃないんだなぁと感じています。まぁそれは勤め人じゃないからこそ出来ることではありますが・・。
1日に使えるエネルギーやペースが明らかに変わってきたと思います。
その④ 「支援の対象者」ではなく「お互いさま」
若い頃は、仕事で接する高齢者を「支援の対象者」としてしか見ていなかったと思います。「措置の時代」だったこともあり彼らは「保護の対象」で、20代の私からすれば遠い世代の人たちでした。
でも今は違います。
「高齢者」は自分の今の年齢の延長線上にあることを実感できますし、自分(や家族)もいつ何が起こってもおかしくないですし、人生には想定外のことがつきものであることを判っていますから、他人事とは思えないです。
彼らが「支援の対象者」なら、私も「支援の対象者」です。自分のことや家族のことで、誰かの知恵や手を借りて生活しています。
人々の「人生の想定外」の場面において、私は私の役割でその時は「支援する側」になるかもしれないけれど、別の場面を見れば、私は「誰かに支援される側」になります。
お互いさまですね。
そんなことを考える年齢になりました。
「いつでも出来る」「いつでも会える」「いつでも来れる」と当たり前に思っていた頃とは違って、その時が来ないかも知れないことを知る年齢になりました。
心の中にある小さな「やりたいこと」の種が、状況によっては種のままで終わるかも知れないと思う反面、残りの人生で何ができるのかを考える年齢になりました。
やってみたいと思うことが、自分の意思だけでは実行できないことも知っているけれど、でもやるなら元気なうちだわね・・と自分の体力やエネルギーを鑑みながら将来のことを考えるようになりました。
家や社会の中に何かしらの役割があって、家族も私も健康でいられて、そして自分の心の声に耳を傾けて、がむしゃらにではなく心地よいペースで探求心を満たしていけるような、そんな50代になれば幸せかなと思います。
・・・・って、書いてるうちにすっかり気分は50代になってしまいました。まだ47歳なのでしたね。
人生折り返し地点、納得のできる歩みとなりますように。
皆さんのサポートに感謝。
46歳までは、なんとなくまだ気分はアラフォー(のつもり)でいましたけれど、47歳になると、「50歳」が近いことを当たり前に受け止めることができています。抗う気持ちは不思議なほどないものですね。
最近、街中で「若いひと」が増えたなぁ・・・なんて思うのですが、ひとえに自分が「年配者グループ」に仲間入りしたからなのですね。
「若い頃」とか「若い人」なんていうフレーズを使うようになったのも最近です。これまではまだ躊躇してました。
さて、そんな私が、「若い頃」と比べて変わったなぁと思うことを列挙してみます。
その① 「繰り返し」が愛おしい
若い頃は、「毎日同じことの繰り返し」なんて、つまらなくて、退屈で、変化がなくて、成長してなくて、とにかく「同じことの繰り返し」から脱出することが意味あることのように思っていました。
今は違います。
「今日も同じことをできること」に感謝と安堵を感じます。今日も、いつもと同じように、いつもの紅茶を飲んだ、いつもと同じように食器を片付けた・・・そんな小さな「いつもの○○」が滞りなくできること、それは自身が健康であること、トラブルなく生活できていることの証だと、愛おしく感じます。
「つまらない」と思っていた家事でさえ、それが出来ることに慈しみを感じますし、役割があることをありがたいとさえ思います。朝起きて「やること」があるというのは幸せなことですね。
その② 「ラジオ体操」が「良い運動だ」と実感する
若い頃は、ラジオ体操なんて運動のうちに入らないと感じてました。簡単すぎて、地味すぎて、楽勝な動きと思ってました。
それが今では「ええ運動になるわ~」としみじみ感じ入ります。
昔、中学生の頃の担任の先生が、週に一度の朝礼時のラジオ体操のあとに決まって「良い運動になったわ~」とおっしゃることの意味がさっぱり分からなかったのですが、今や、私も心から「ええ運動やわ~」と思います。先生の気持ち、ようやく理解できました。
テレビで日に何回かやっているラジオ体操第1・第2・みんなの体操なんて「誰がやるねん」と思っていたものですが、今やすっかり毎朝の日課です。
それにしてもラジオ体操って、何十年やってても、そして毎日やってても飽きないのですから、ほんと良く出来てますよね~。
その③ あえて負荷を、そしてその目的は「カロリー消費」ではない
若い頃は、「いかに効率よくできるか」ということに工夫を凝らしていました。家の中の動線や物の置き場などは、少しでも負担を減らすことを考えてました。
それが今では、あえて「負荷」をかけるようになりました。
例えば、頻繁に使う「鍋つかみ」の置き場を、あえて背伸びしないと届かないところを定位置としているだとか、布団をしまう場所はあえて「押入れの上」でどっこいしょな場所にするだとか、外出先でトイレに行くときは、あえて和式にする(ことでスクワット的な動作を課す)だとか、そういうことです。
そしてその目的は「カロリー消費」だとか「ダイエット」ではもはやなく、ただただ「老化防止」。
今日もその動作ができることを確認しつつ、いつまでもこれが出来ますようにと願う気持ちが芽生えています。
(と言いながら、電車では座りたい!と思います。電車で立つ、は負荷が大きすぎてへこたれます・・・。座席の隙間をめざとく見つけるおばちゃんであることに恥じらいは・・・もはや、ない、かな・・・。あぁ・・。)
その④ 1日に用事は1つ
若い頃は、いかに効率よくコトを処理するかが命題でした。複数の案件を同時進行なんて当たり前。1日にスケジュールが何個も入ってるなんて当然。家事なんて、いかに短時間にたくさんのことを進められるかが重要でした。15分であれもこれもそれもやっちゃって、はい出かける!というような感じです。
そうでないと生活が回らなかったということもありますが、それができるエネルギーがあったのですね・・・・
今は、一度に2つ以上のことをすることが苦手になってきました。注意力が散漫になるというか、集中できないというか・・。
1日の予定も「1日に1つの用事」で十分な感じです。群ようこさんの『ゆるい生活』にも似たような描写があって、私だけじゃないんだなぁと感じています。まぁそれは勤め人じゃないからこそ出来ることではありますが・・。
1日に使えるエネルギーやペースが明らかに変わってきたと思います。
その④ 「支援の対象者」ではなく「お互いさま」
若い頃は、仕事で接する高齢者を「支援の対象者」としてしか見ていなかったと思います。「措置の時代」だったこともあり彼らは「保護の対象」で、20代の私からすれば遠い世代の人たちでした。
でも今は違います。
「高齢者」は自分の今の年齢の延長線上にあることを実感できますし、自分(や家族)もいつ何が起こってもおかしくないですし、人生には想定外のことがつきものであることを判っていますから、他人事とは思えないです。
彼らが「支援の対象者」なら、私も「支援の対象者」です。自分のことや家族のことで、誰かの知恵や手を借りて生活しています。
人々の「人生の想定外」の場面において、私は私の役割でその時は「支援する側」になるかもしれないけれど、別の場面を見れば、私は「誰かに支援される側」になります。
お互いさまですね。
そんなことを考える年齢になりました。
「いつでも出来る」「いつでも会える」「いつでも来れる」と当たり前に思っていた頃とは違って、その時が来ないかも知れないことを知る年齢になりました。
心の中にある小さな「やりたいこと」の種が、状況によっては種のままで終わるかも知れないと思う反面、残りの人生で何ができるのかを考える年齢になりました。
やってみたいと思うことが、自分の意思だけでは実行できないことも知っているけれど、でもやるなら元気なうちだわね・・と自分の体力やエネルギーを鑑みながら将来のことを考えるようになりました。
家や社会の中に何かしらの役割があって、家族も私も健康でいられて、そして自分の心の声に耳を傾けて、がむしゃらにではなく心地よいペースで探求心を満たしていけるような、そんな50代になれば幸せかなと思います。
・・・・って、書いてるうちにすっかり気分は50代になってしまいました。まだ47歳なのでしたね。
人生折り返し地点、納得のできる歩みとなりますように。
皆さんのサポートに感謝。





最近のコメント