第7回ママさん社会福祉士子連れ交流会【告知】 ― 2012年03月07日 01:37
私は大阪社会福祉士会豊能支部で、2006年に初めて「ママさん社会福祉士子連れ交流会」を開催しました。
というのも、私自身小さい子どもを抱えた状況ではなかなか会の活動や研修にも参加できず、そのことに息苦しさを感じてたからです。そういう息苦しさを感じているのは私だけではないのでは?と思ったことがきっかけでした。 「小さい子ども」は早いもので今は中学生になっていますけれど。
会員さんに向けた2006年第1回の案内にはこのように記しました。
「子育て中の会員さんは、いろんな研修や支部活動の内容に心動かされても、なかなか参加しづらいのが現状です。学びたい!向上したい!でも研修には参加できない・・・そんな子育て中の(特に女性の)会員さんは、決して少なくないはず。そこで豊能支部では、女性会員どうし子連れで気軽に集まっておしゃべりできる機会を作りました。」
この第1回目は、公園でお弁当持ちで集まりました。以来、毎年、場所や内容を試行錯誤しながら、子連れでの交流会を開催して充実したひとときを過ごしています。私自身は「子どもが小さくて研修にも参加できない」時期は過ぎましたけれど、恒例となったこの交流会は、かつての私のように息苦しさを感じているであろうママさん社会福祉士のせめてもの息継ぎの場になるのならと継続しているところです。
さて第7回目となる今年の交流会は3月10日(土曜日)千里公民館で開催します。14時からです。申し込みはまだ受け付けています。
どんな交流会になるのか・・・皆さんとお会いできることを楽しみにしています。
というのも、私自身小さい子どもを抱えた状況ではなかなか会の活動や研修にも参加できず、そのことに息苦しさを感じてたからです。そういう息苦しさを感じているのは私だけではないのでは?と思ったことがきっかけでした。 「小さい子ども」は早いもので今は中学生になっていますけれど。
会員さんに向けた2006年第1回の案内にはこのように記しました。
「子育て中の会員さんは、いろんな研修や支部活動の内容に心動かされても、なかなか参加しづらいのが現状です。学びたい!向上したい!でも研修には参加できない・・・そんな子育て中の(特に女性の)会員さんは、決して少なくないはず。そこで豊能支部では、女性会員どうし子連れで気軽に集まっておしゃべりできる機会を作りました。」
この第1回目は、公園でお弁当持ちで集まりました。以来、毎年、場所や内容を試行錯誤しながら、子連れでの交流会を開催して充実したひとときを過ごしています。私自身は「子どもが小さくて研修にも参加できない」時期は過ぎましたけれど、恒例となったこの交流会は、かつての私のように息苦しさを感じているであろうママさん社会福祉士のせめてもの息継ぎの場になるのならと継続しているところです。
さて第7回目となる今年の交流会は3月10日(土曜日)千里公民館で開催します。14時からです。申し込みはまだ受け付けています。
どんな交流会になるのか・・・皆さんとお会いできることを楽しみにしています。
朋さん ― 2012年03月14日 06:20
2012年1月17日の朝日新聞(夕刊)のページをめくっていた私は、アッと驚きました。
そこに掲載されていた写真を見て「私だ!?」と思ったのです。びっくりしました。
一瞬自分かと思ったその女性の写真は、もちろん私ではなく、藤田さんご夫妻のご長女「朋さん」でした。
そして記事を読んでもう一度驚きました。
29歳の朋さんは「社会福祉士」として活躍されていたのです。
とても不思議なご縁を感じました。
でも朋さんとお会いすることはできません。東日本大震災でお腹の赤ちゃんとともに亡くなられたのです。
13歳の時に西宮市で阪神淡路大震災を経験した朋さんは、大学で知り合った夫さんと結婚、陸前高田市で社会福祉士の資格を生かして働いておられたとのことです。
朋さんが朗読したという「最後だとわかっていたなら」という詩が掲載されていました。涙なくしては読めませんでした。
そして先週の金曜日。平日の昼間にテレビをつけることなんかないのに、ふとスイッチを入れた情報番組で、偶然にも朋さんとご両親のことが放送されていたのです。
朋さんを亡くした悲しみとその後を追った取材でした。
ここでまた朋さんと出会ったご縁に驚きながら、ご両親さまの深い悲しみと被災地でボランティアを続けておられるご様子に胸を打たれました。
テレビに映る朋さんは、私と似ているどころか、もっともっと聡明でキレイな方でした。新聞掲載写真で一瞬自分かと感じたのはおこがましい
ことでした。
思い出の品は津波で流されてほとんどないとおっしゃっています。新聞に掲載された写真は、残された貴重な写真だったのですね。
13歳で阪神淡路大震災を経験した藤田朋さん、そしてご結婚されて陸前高田市で社会福祉士として活躍されていた菊池朋さん。私はそのお名前を忘れません。
そして被災地から遠く離れた関西の地にも、震災で大事なご家族を失った方がいらっしゃることを、心に留めておきたいと思います。
そしておそらく限界に近いご状況で活動やお仕事を続けておられるご両親さま、どうぞ無理をなさいませんようにと、ただただ願うばかりです。
朋さんとお腹の赤ちゃんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
そこに掲載されていた写真を見て「私だ!?」と思ったのです。びっくりしました。
一瞬自分かと思ったその女性の写真は、もちろん私ではなく、藤田さんご夫妻のご長女「朋さん」でした。
そして記事を読んでもう一度驚きました。
29歳の朋さんは「社会福祉士」として活躍されていたのです。
とても不思議なご縁を感じました。
でも朋さんとお会いすることはできません。東日本大震災でお腹の赤ちゃんとともに亡くなられたのです。
13歳の時に西宮市で阪神淡路大震災を経験した朋さんは、大学で知り合った夫さんと結婚、陸前高田市で社会福祉士の資格を生かして働いておられたとのことです。
朋さんが朗読したという「最後だとわかっていたなら」という詩が掲載されていました。涙なくしては読めませんでした。
そして先週の金曜日。平日の昼間にテレビをつけることなんかないのに、ふとスイッチを入れた情報番組で、偶然にも朋さんとご両親のことが放送されていたのです。
朋さんを亡くした悲しみとその後を追った取材でした。
ここでまた朋さんと出会ったご縁に驚きながら、ご両親さまの深い悲しみと被災地でボランティアを続けておられるご様子に胸を打たれました。
テレビに映る朋さんは、私と似ているどころか、もっともっと聡明でキレイな方でした。新聞掲載写真で一瞬自分かと感じたのはおこがましい
ことでした。
思い出の品は津波で流されてほとんどないとおっしゃっています。新聞に掲載された写真は、残された貴重な写真だったのですね。
13歳で阪神淡路大震災を経験した藤田朋さん、そしてご結婚されて陸前高田市で社会福祉士として活躍されていた菊池朋さん。私はそのお名前を忘れません。
そして被災地から遠く離れた関西の地にも、震災で大事なご家族を失った方がいらっしゃることを、心に留めておきたいと思います。
そしておそらく限界に近いご状況で活動やお仕事を続けておられるご両親さま、どうぞ無理をなさいませんようにと、ただただ願うばかりです。
朋さんとお腹の赤ちゃんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
○○手 ― 2012年03月21日 06:51
今話題の由紀さおりさんがインタビューなどでご自分のことを語られる時、「歌手」ではなく「歌い手」と表現されているのがとても印象に残っています。「歌い手としての人生を考えた時・・・」というふうにおっしゃっていたし、それ以外の場面でも「歌い手」と何度も言われていたのです。
「歌手」と「歌い手」、どちらも意味する職業は同じですけれど、「歌い手」の方が人間のあたたかみとか、厚みとか、思いを感じることができるような気がします。
これが「歌い屋」になると、なんだかちょっとその存在を揶揄されているような、イヤな印象となりますね。
由紀さおりさんはきっと意識して「歌い手」と自らを表現されているのでしょうね。ステキです。
さて、ではそのステキな表現を使って、「社会福祉士」を「○○手」と表現することができないでしょうか。
考えましたけれど、なかなか一言では難しいですね。
ある場面では「聴き手」であり、「伝え手」であり、「繋ぎ手」であり、「支え手」である・・といった感じでしょうか。
「支援者」というより「支え手」の方が、より寄り添っているような気がします。
私は社会福祉士として、「福祉屋」(←あくどい語感になりますね)ではなく「支え手」「聴き手」でありたいと、「夜明けのスキャット」を聴きながら考えています。
「歌手」と「歌い手」、どちらも意味する職業は同じですけれど、「歌い手」の方が人間のあたたかみとか、厚みとか、思いを感じることができるような気がします。
これが「歌い屋」になると、なんだかちょっとその存在を揶揄されているような、イヤな印象となりますね。
由紀さおりさんはきっと意識して「歌い手」と自らを表現されているのでしょうね。ステキです。
さて、ではそのステキな表現を使って、「社会福祉士」を「○○手」と表現することができないでしょうか。
考えましたけれど、なかなか一言では難しいですね。
ある場面では「聴き手」であり、「伝え手」であり、「繋ぎ手」であり、「支え手」である・・といった感じでしょうか。
「支援者」というより「支え手」の方が、より寄り添っているような気がします。
私は社会福祉士として、「福祉屋」(←あくどい語感になりますね)ではなく「支え手」「聴き手」でありたいと、「夜明けのスキャット」を聴きながら考えています。
世界一 ― 2012年03月28日 09:28
先日観たテレビで、日本のパン職人さんがパリで開催された「パンのワールドカップ」で優勝したと知りました。優勝までの道のりを密着取材していて、その真摯な努力に感銘を受けました。
今日からフィギュアスケートの世界選手権が始まります。フィギュアスケートはスポーツの要素と芸術性、そして選手の歩みも興味深く、さまざまな角度から楽しめるので大好きです。
いろんな分野の「世界一」をみると、私も世界で自分の実力を試してみたいなぁなんて思います。もちろん、今さらスポーツも芸術もモノ作りもできません。
そこで考えました。私の得意なことってなんだろう。そしてそれを世界の水準に当てはめると、どういうレベルなんだろう・・と。
得意なこと・・と言ってよいかどうか判りませんが、私が唯一「私らしさ」を発揮できている(と思っている)のは「社会福祉士の仕事」です。
例えばですよ、「ソーシャルワーク世界選手権」なるものがあったとしたら、どうでしょう。でもソーシャルワークは千差万別の結果がありますから比較して順位をつけるのは難しいですね。
だったらですね、ある程度の客観的評価ができるであろう「面接技術」だったらどうかしら??
各国から集まったソーシャルワーカーが「面接相談」を行い、その場面を審査員が評価して「世界一」を決めるのです。
ふふふ、なんだかおもしろいですね。
実際そのようなことは難しいと思いますけれど、でもそういうことを考えていると、日頃自分のソーシャルワークや面接技術を客観的に第3者に評価される機会がないことに気が付きます。
もう少し意識して、スーパーバイザーに意見を聴く機会を設けたり、第3者に例えば面接に同席してもらうなどの機会をつくる必要があるかなと思いました。
特に独立してやっていると一人よがりになりがちですものね。
仮想の「面接技術世界選手権」を頭に描いて、私なりの「世界一」をめざして頑張ろうと思います。
今日からフィギュアスケートの世界選手権が始まります。フィギュアスケートはスポーツの要素と芸術性、そして選手の歩みも興味深く、さまざまな角度から楽しめるので大好きです。
いろんな分野の「世界一」をみると、私も世界で自分の実力を試してみたいなぁなんて思います。もちろん、今さらスポーツも芸術もモノ作りもできません。
そこで考えました。私の得意なことってなんだろう。そしてそれを世界の水準に当てはめると、どういうレベルなんだろう・・と。
得意なこと・・と言ってよいかどうか判りませんが、私が唯一「私らしさ」を発揮できている(と思っている)のは「社会福祉士の仕事」です。
例えばですよ、「ソーシャルワーク世界選手権」なるものがあったとしたら、どうでしょう。でもソーシャルワークは千差万別の結果がありますから比較して順位をつけるのは難しいですね。
だったらですね、ある程度の客観的評価ができるであろう「面接技術」だったらどうかしら??
各国から集まったソーシャルワーカーが「面接相談」を行い、その場面を審査員が評価して「世界一」を決めるのです。
ふふふ、なんだかおもしろいですね。
実際そのようなことは難しいと思いますけれど、でもそういうことを考えていると、日頃自分のソーシャルワークや面接技術を客観的に第3者に評価される機会がないことに気が付きます。
もう少し意識して、スーパーバイザーに意見を聴く機会を設けたり、第3者に例えば面接に同席してもらうなどの機会をつくる必要があるかなと思いました。
特に独立してやっていると一人よがりになりがちですものね。
仮想の「面接技術世界選手権」を頭に描いて、私なりの「世界一」をめざして頑張ろうと思います。





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