今年の目標 ― 2012年01月10日 08:34
気が付けばもう1月10日。遅ればせながら、新春のお喜びを申し上げます。今年もよろしくお願いいたします。
さてタイトルに「今年の目標」と掲げたものの、実は私はあんまり明確な目標をたてません。
年の初めに、例えば「体重○㎏キープ」とか「忘れ物をしない」といったお子さまレベルの誓いは立てますが、仕事に関していわゆる「売り上げ目標」のようなものは考えません。
開業当初はいきがって「年収○○万円」などと決めたりもしましたが、どうにも実態にそぐわず、今は常に目標は「前年度超え」です(2001年に開業してから常に達成していたこの「前年度超え」。2011年は残念ながら達成できませんでした。まぁ、家庭の事情で講師業などを減らしたので想定内ではありますけれど。)。
私が自分の収入を考える時に基準としているのは「法人がつぶれた時(つまり代表取締役である夫の収入が途絶え、私の法人収入もゼロになった時)、私の個人事業の収入だけで親子3人が暮らしていけるか否か」です。
そういう意味から言うと、もう少しアップさせたいかなと思っています。
かといってガンガン営業活動をするわけでもなく、ただただ流れに乗って今の私がありますので、まぁ、今年もご縁に感謝しながら目の前のご依頼に丁寧に応えていく姿勢でやっていきたいと思っています。
今年は2月に、私にとっては初めての「大手企業での社員対象の福祉相談会の相談員」の仕事があります。貴重な機会をいただいたと感謝をしています。なんとか無事に乗り切りたいです。
2012年、社会福祉士としての私がどこかでどなたかのお役に立つ場面があり、そしてそれが、またいつかどこかでどなたかに繋がっていきますようにと願っています。
世界も、日本も、あなたも私も、ホッと安心できる瞬間がたくさんの2012年となりますように。
さてタイトルに「今年の目標」と掲げたものの、実は私はあんまり明確な目標をたてません。
年の初めに、例えば「体重○㎏キープ」とか「忘れ物をしない」といったお子さまレベルの誓いは立てますが、仕事に関していわゆる「売り上げ目標」のようなものは考えません。
開業当初はいきがって「年収○○万円」などと決めたりもしましたが、どうにも実態にそぐわず、今は常に目標は「前年度超え」です(2001年に開業してから常に達成していたこの「前年度超え」。2011年は残念ながら達成できませんでした。まぁ、家庭の事情で講師業などを減らしたので想定内ではありますけれど。)。
私が自分の収入を考える時に基準としているのは「法人がつぶれた時(つまり代表取締役である夫の収入が途絶え、私の法人収入もゼロになった時)、私の個人事業の収入だけで親子3人が暮らしていけるか否か」です。
そういう意味から言うと、もう少しアップさせたいかなと思っています。
かといってガンガン営業活動をするわけでもなく、ただただ流れに乗って今の私がありますので、まぁ、今年もご縁に感謝しながら目の前のご依頼に丁寧に応えていく姿勢でやっていきたいと思っています。
今年は2月に、私にとっては初めての「大手企業での社員対象の福祉相談会の相談員」の仕事があります。貴重な機会をいただいたと感謝をしています。なんとか無事に乗り切りたいです。
2012年、社会福祉士としての私がどこかでどなたかのお役に立つ場面があり、そしてそれが、またいつかどこかでどなたかに繋がっていきますようにと願っています。
世界も、日本も、あなたも私も、ホッと安心できる瞬間がたくさんの2012年となりますように。
震災の思い出② ― 2012年01月17日 08:23
今日1月17日は、阪神淡路大震災がおこった日です。もう17年前の出来事になるのですね。
当時私は、神戸市に隣接する市にある高齢者施設に勤務していました。
震災の被害は受けませんでしたが、影響はありました。
震災の周辺にいたものとして、何らかの記録を残しておくべきかも・・という思いもあり、少しずつ記憶を辿ろうと思います。
大きな思い出としては
・火葬場がいっぱい (昨年の1月17日の日記に書きました)
・現地に行き、被災高齢者の緊急受け入れ
・そしてその方たちのその後
・訪問入浴のボランティアとして現地へ
・個人的に、物資の仕分けのボランティアに参加
・・・といったあたりでしょうか。どれも、今の私の価値観に大きく影響しています。
被災高齢者の緊急受け入れとその後については、今思えば稚拙な関わりをしてしまったと思っています。
神戸の避難所から連絡を受け、7人の高齢者を車でお迎えに行きました。緊急入所です。
7人の事前情報は全くなし。生活相談員(当時は「生活指導員」という名称でした)だった私が、現地で判る限りの情報を聞き取って避難所からFAXし(当時はメールなどはなかった)、それをもとに、私たちが神戸から施設に戻る間に介護職・看護師・栄養士たちが準備を整える・・という手はずです。
慌ただしくも受け入れが無事完了しました。
・・・・と思っていたのは、こちらだけだったのだと思います。
私は、彼らを施設で緊急受け入れするのが当然と思っていましたし、行政からの依頼でしたし、震災後の緊迫した雰囲気の中、それしか選択肢はないと思っていました。
でも振り返れば、私は、7人の気持ちを聴きませんでした。これからどうしたいかも聴きませんでした。
地震が起こるまでは、それぞれが自宅で生活をなさっていたことに思いを寄せませんでした。
当時20代の私、そして「措置の時代」の価値観のもとで仕事をしていた私にとって「高齢者」は「保護・援助の対象」だったのです。
なので、被災高齢者を施設で受け入れ、「安全」が確保された時点で完結してしまい、彼らと「次のステップ」を考えることに思いも及ばなかったのです。
今の私ならわかります。相談員としての本当の仕事はそこからスタートするのだと。
これからどうしたいのか、自宅に戻りたいのか、それは無理でも神戸にもどりたいのか・・・地震で一瞬にして失われたものやこと、寸断されてしまった人生や生活について聴き、そしてこれからのことを一緒に考えていくのが私の役目だったはず。
でもそこに至らず、「受け入れること」が「私の仕事」になってしまったことを、心から悔やんでいます。
もちろん、その後自分で次の住処を見つけて施設を出て行かれた方もおられますが、それは私がサポートした結果ではありません。
7人中5人はそのまま施設で暮らされました。
華やかな神戸の町から田舎の施設に急に連れてこられて、何がなんだかわからなかったことと思います。たとえそれが、その時とり得る万全の安全策だったとしても。
あの時、きちんとお気持ちをお聴きしなくてごめんなさい。
あの時、神戸に帰って1人暮らしなんて無理に決まってると思ってしまてごめんなさい。
あの時、本当はどうしたかったのかお聴きしなくてごめんなさい。
あの時、ひとりよがりなサポートだったこと、本当にごめんなさい。
私の今の原動力は当時の方々に対する「償い」の気持ちが大きいです。あの時の「ごめんなさい」を繰り返さないために、あの時の「ごめんなさい」をなんとか帳消しにしたい気持ちが、私の社会福祉士としての活動の源にあります。
その後、一番お元気でお酒好きだったAさんが、「ここ(施設)に来て良かったと思っている。ここだからこそ長生きできたと思っている」とおっしゃって亡くなったことを聞き、少し安心するとともに涙がでました。
来られた頃はそうじゃなかったですよね。今から思えばまだお若かったです。自由にお酒を飲みに出かけたかったですよね。でも周りは田んぼしかなくて「牢獄みたい」っておっしゃってましたものね・・・。
最期ににそんな言葉を残してくださったこと、本当にありがとうございます。
「被災者」とか「高齢者」などと一くくりにしないで、「その人」に寄り添っていくことが大切なんですよね。
また来年、再来年・・・の1月17日に書きます。
20代で未熟だった私の、一生懸命ではあったけれども稚拙な、今から思えばもっと違う方法があったかも知れないと心の片隅がうずく思い出です。
当時私は、神戸市に隣接する市にある高齢者施設に勤務していました。
震災の被害は受けませんでしたが、影響はありました。
震災の周辺にいたものとして、何らかの記録を残しておくべきかも・・という思いもあり、少しずつ記憶を辿ろうと思います。
大きな思い出としては
・火葬場がいっぱい (昨年の1月17日の日記に書きました)
・現地に行き、被災高齢者の緊急受け入れ
・そしてその方たちのその後
・訪問入浴のボランティアとして現地へ
・個人的に、物資の仕分けのボランティアに参加
・・・といったあたりでしょうか。どれも、今の私の価値観に大きく影響しています。
被災高齢者の緊急受け入れとその後については、今思えば稚拙な関わりをしてしまったと思っています。
神戸の避難所から連絡を受け、7人の高齢者を車でお迎えに行きました。緊急入所です。
7人の事前情報は全くなし。生活相談員(当時は「生活指導員」という名称でした)だった私が、現地で判る限りの情報を聞き取って避難所からFAXし(当時はメールなどはなかった)、それをもとに、私たちが神戸から施設に戻る間に介護職・看護師・栄養士たちが準備を整える・・という手はずです。
慌ただしくも受け入れが無事完了しました。
・・・・と思っていたのは、こちらだけだったのだと思います。
私は、彼らを施設で緊急受け入れするのが当然と思っていましたし、行政からの依頼でしたし、震災後の緊迫した雰囲気の中、それしか選択肢はないと思っていました。
でも振り返れば、私は、7人の気持ちを聴きませんでした。これからどうしたいかも聴きませんでした。
地震が起こるまでは、それぞれが自宅で生活をなさっていたことに思いを寄せませんでした。
当時20代の私、そして「措置の時代」の価値観のもとで仕事をしていた私にとって「高齢者」は「保護・援助の対象」だったのです。
なので、被災高齢者を施設で受け入れ、「安全」が確保された時点で完結してしまい、彼らと「次のステップ」を考えることに思いも及ばなかったのです。
今の私ならわかります。相談員としての本当の仕事はそこからスタートするのだと。
これからどうしたいのか、自宅に戻りたいのか、それは無理でも神戸にもどりたいのか・・・地震で一瞬にして失われたものやこと、寸断されてしまった人生や生活について聴き、そしてこれからのことを一緒に考えていくのが私の役目だったはず。
でもそこに至らず、「受け入れること」が「私の仕事」になってしまったことを、心から悔やんでいます。
もちろん、その後自分で次の住処を見つけて施設を出て行かれた方もおられますが、それは私がサポートした結果ではありません。
7人中5人はそのまま施設で暮らされました。
華やかな神戸の町から田舎の施設に急に連れてこられて、何がなんだかわからなかったことと思います。たとえそれが、その時とり得る万全の安全策だったとしても。
あの時、きちんとお気持ちをお聴きしなくてごめんなさい。
あの時、神戸に帰って1人暮らしなんて無理に決まってると思ってしまてごめんなさい。
あの時、本当はどうしたかったのかお聴きしなくてごめんなさい。
あの時、ひとりよがりなサポートだったこと、本当にごめんなさい。
私の今の原動力は当時の方々に対する「償い」の気持ちが大きいです。あの時の「ごめんなさい」を繰り返さないために、あの時の「ごめんなさい」をなんとか帳消しにしたい気持ちが、私の社会福祉士としての活動の源にあります。
その後、一番お元気でお酒好きだったAさんが、「ここ(施設)に来て良かったと思っている。ここだからこそ長生きできたと思っている」とおっしゃって亡くなったことを聞き、少し安心するとともに涙がでました。
来られた頃はそうじゃなかったですよね。今から思えばまだお若かったです。自由にお酒を飲みに出かけたかったですよね。でも周りは田んぼしかなくて「牢獄みたい」っておっしゃってましたものね・・・。
最期ににそんな言葉を残してくださったこと、本当にありがとうございます。
「被災者」とか「高齢者」などと一くくりにしないで、「その人」に寄り添っていくことが大切なんですよね。
また来年、再来年・・・の1月17日に書きます。
20代で未熟だった私の、一生懸命ではあったけれども稚拙な、今から思えばもっと違う方法があったかも知れないと心の片隅がうずく思い出です。
企業での相談会 ― 2012年01月25日 05:56
ある企業さんでの相談会が予定されています。私は相談員としてご依頼を受けています。
社員さん向けの介護相談会です。
会社ぐるみで介護支援に取り組まれていて、今回の相談会のみならず、介護セミナーや説明会なども開催されている会社です。
これからの時代、子育て支援だけではなくて介護支援も企業にとっては大事な課題になってくると思うので、これらの姿勢は他社の参考になるのではないかと思います。
さて、相談会に先立ってアンケートが行なわれました。「相談会に参加するならどんなことを相談したいか」というものです。
その結果を見てみると、相談会に参加したいという方がたくさんいらっしゃることに驚きましたし(数人かと思っていたらもっと多かった!)、その半分ほどが男性であることにも、介護の現実を垣間見る気がします。
今回に限らず、相談会は基本的に「その時かぎり」の「限られた時間」での相談なので、事前アンケートにような形であらかじめ情報を得ておくことは重要です。
ですが「相談したいこと」が、アンケートの回答に記載されていることだけだと思ってしまうのはよろしくないと思っています。
アンケートの時点では「相談したい」とは思っていなかった(意識していなかった)ことが、実際に相談することでクリアになることがあるからです。
というよりも、そのことこそが相談会の醍醐味だと思っています。
もし「相談したいこと」がアンケート回答に記載されていることだけと判断するならば文書回答でも良いわけです。
「アンケートに書かれていること以外の質問がでるかもしれません。申し訳ありません」と担当の方はおっしゃるのですが、むしろ、書かれていること以外のことが出てこなければ相談会の意味がないとさえ思っている私ですから心配ご無用です。
経験上、ピンポイントの質問を用意されている方(「○○について知りたい」など)のほうが「実は本当の問題はそれ(○○)ではなかった」という場合が多いと思っています。
事前情報をもとに予習もしますけれど、実は核心はそれ以外のところにあるのだという柔軟さをもって臨みたいと思っています。
「相談会に参加して、今まで意識してなかったけれど△△だということに気が付くことができた」というような展開になれば嬉しいです。
ただ、こういう「相談会(同じ場所(しかも自分の事務所ではないアウェイ)で、時間限定で次々に相談に応じる)」というのは体力を消耗するんですよね・・・。体調には気をつけて当日を迎えたいと思います。
社員さん向けの相談会の案内に「プロの相談員に相談してみませんか」と記載されていました。「プロ」という言葉の響きに、責任と緊張感とそして喜びも感じています。
近い将来、このような相談会が多くの企業で開催され、プロの相談員として社会福祉士が登場することを願っています。
社員さん向けの介護相談会です。
会社ぐるみで介護支援に取り組まれていて、今回の相談会のみならず、介護セミナーや説明会なども開催されている会社です。
これからの時代、子育て支援だけではなくて介護支援も企業にとっては大事な課題になってくると思うので、これらの姿勢は他社の参考になるのではないかと思います。
さて、相談会に先立ってアンケートが行なわれました。「相談会に参加するならどんなことを相談したいか」というものです。
その結果を見てみると、相談会に参加したいという方がたくさんいらっしゃることに驚きましたし(数人かと思っていたらもっと多かった!)、その半分ほどが男性であることにも、介護の現実を垣間見る気がします。
今回に限らず、相談会は基本的に「その時かぎり」の「限られた時間」での相談なので、事前アンケートにような形であらかじめ情報を得ておくことは重要です。
ですが「相談したいこと」が、アンケートの回答に記載されていることだけだと思ってしまうのはよろしくないと思っています。
アンケートの時点では「相談したい」とは思っていなかった(意識していなかった)ことが、実際に相談することでクリアになることがあるからです。
というよりも、そのことこそが相談会の醍醐味だと思っています。
もし「相談したいこと」がアンケート回答に記載されていることだけと判断するならば文書回答でも良いわけです。
「アンケートに書かれていること以外の質問がでるかもしれません。申し訳ありません」と担当の方はおっしゃるのですが、むしろ、書かれていること以外のことが出てこなければ相談会の意味がないとさえ思っている私ですから心配ご無用です。
経験上、ピンポイントの質問を用意されている方(「○○について知りたい」など)のほうが「実は本当の問題はそれ(○○)ではなかった」という場合が多いと思っています。
事前情報をもとに予習もしますけれど、実は核心はそれ以外のところにあるのだという柔軟さをもって臨みたいと思っています。
「相談会に参加して、今まで意識してなかったけれど△△だということに気が付くことができた」というような展開になれば嬉しいです。
ただ、こういう「相談会(同じ場所(しかも自分の事務所ではないアウェイ)で、時間限定で次々に相談に応じる)」というのは体力を消耗するんですよね・・・。体調には気をつけて当日を迎えたいと思います。
社員さん向けの相談会の案内に「プロの相談員に相談してみませんか」と記載されていました。「プロ」という言葉の響きに、責任と緊張感とそして喜びも感じています。
近い将来、このような相談会が多くの企業で開催され、プロの相談員として社会福祉士が登場することを願っています。





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