働く、ということ2016年02月06日 13:36

『寝たきりだけど社長やってます 十九歳で社長になった重度障がい者の物語』(株式会社仙拓 代表取締役社長 佐藤仙務 彩図社 平成26年)を読みました。

平成24年に発刊された『働く、ということ』を再編集したものだそうですが、私はその元の本の存在を知らずに手にとりました。

読んでみると、元の『働く、ということ』というフレーズがピッタリの内容でした。単なるドキュメンタリーではないのですね。「障がいがあるのに会社を興すなんてスゴイな~」とかそういう薄っぺらい感想ではなく(もちろん「スゴイ!」と感じる部分は多々ありましたけれど)、「私にとって働くとは?」と考えさせられる内容でした。

会社を設立するまでの気持ちの動きも興味深かったし(社会人になることの意味や障がいがあっての進路選択など)、会社を興してからの展開のステップ(まず身内やツテからスタートして徐々に広がっていく様子)も、独立してなりわいを営むものとして共感を覚えました。

さて、私にとって「働く」とは?

どこかで「働くとは、ハタ(周り)をラク(楽)にすること」と読んだことがあります(どの本だったか忘れてしまいました・・・)。

そうですね、私が「働く」ことで、誰かがラクになってくれたなら、それは何よりの喜びですね。そして私も誰かの「働き」でラクになっているわけですよね。

福祉の仕事を志す人が「人の役に立つ仕事がしたいから」とおっしゃることがあります。それを否定はしませんが、でも私は意地悪なので「では人の役に立ってない仕事を教えてください」と切り込みます。

世の中の仕事は全て(法に触れるようなものでない限り)「人の役に立っている」んですよね。ただ直接的か間接的かという違いはあって、福祉の仕事は「直接的」なので、その感覚をダイレクトに感じることができるのは確かです。

だけど、そのことで「自分の仕事が属す領域だけが人の役に立っている」と思ってしまうのは傲慢だと思います。

謙虚に自分の仕事を見つめた時、さぁ私にとって「働く」とは?

・・・・社会の中の自分の居場所
・・・・そしてその場所で私の役目をごまかしなく果たすこと
・・・・そしてそのことによって報酬をありがたくいただくこと

と、言えるでしょうか。

「働く、ということ」は永遠のテーマかも知れませんね。

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