ジリツ2016年03月01日 12:29

『ソーシャルワーカーのジリツ 自立・自律・而立したワーカーを目指すソーシャルワーク実践』(木下大生 他 生活書院 2015年12月)を読みました。

「はじめに」を読んで『ソーシャルワーカーのジレンマ~6人の社会福祉士の実践から~』(本多 勇 他 筒井書房  2009年4月)の姉妹本という位置づけであることを知り、本棚から取り出してきて2冊並べて写真を撮ったしだいです。

「ソーシャルワーカーのジリツとは何か」の答えが明示してあるわけではなく、それぞれの思いが展開されています。

ジリツすなわち独立、ではもちろんありません。

独立型社会福祉士についても2ヵ所に言及がありました(64ページと168ページ)。

そもそもジリツとは何ぞや・・・ましてやソーシャルワーカーのジリツって・・?

私の立場で考える「ソーシャルワーカーのジリツ」とは、①周囲と協調しながら、②自分の判断ができ、③それに対する報酬を得ている状態・・でしょうか。

①は ジリツとは独善ではなく、
②は、ジリツとは、○○がそう言ったからとか△△を参照するとそうなっているからとかではなく、ことのしだいに自分で責任を持つことであり、
③そのことに対する報酬は、ソーシャルワーカーという専門職に対する社会からの承認であり、そしてそれは社会的にジリツした存在であることの証だから・・・

・・って、あぁ難しい。たぶんに論理の矛盾をはらんでいると思いますが、今この瞬間の私が考えるところはこんなところですね。これもまた変わってゆくのでしょう。

姉妹本の『ソーシャルワーカーのジレンマ』のほうが、共感しながら読み進められたと思います。だって「ジレンマ」だから、そもそも違う価値観のはざまで揺れている前提ですものね。読みながらいろんな気持ちが湧き上がってきても、すべて「だからジレンマ」で収まります。

でも『ソーシャルワーカーのジリツ』は、何かしらの「ジリツ」像が漠然とではあっても存在していて、それを求めながら読み進めるので、共感というよりも、一生懸命宿題を解きながらページをめくった感じです。

そもそも、ジリツって・・?
そもそも、ソーシャルワーカーって・・?
そもそも、社会福祉士って・・?

終点のない課題ですね。

判決2016年03月02日 07:57

JRの徘徊事故について「家族に賠償責任なし」との判決が出ました。ひとまず安心しました。

しかしながら、この判決は「今回は」です。妻が高齢であり要介護1の認定を受けていることなどからの判断です。

今後すべての場合において「家族に賠償責任がない」わけではないのです。

もし、同居家族が「元気」であれば・・・・?
もし、「家族」のいない私の被後見人さんの場合だったら・・・・?
もし、電車の遅延だけではなく、誰かの命が失われていたら・・・?
もし、「誰にも責任がない」という結末で納得できない状況は・・?

今後は、さまざまな議論とケースを重ねていっての個別の対応となるのでしょう。

木内裁判官の補足意見の「本人が行動制限をされないことが重要だ」との見解が、今回の判断の大きなポイントの一つであり、今後のありようの判断基準の方向性を示したと感じます。

私が賠償責任を問われる側に立つ可能性もある。
私が賠償責任を求める側に立つ可能性もある。
誰もがその可能性がある。

個別のケースで判断するとともに、社会全体で分かち合うことのしくみ作りを考える必要があると思います。

それを具体化することが難しいのですけれど・・・。

ひとまずは今回の判決にホッとしているところです。

漫画家が介護の仕事に その22016年03月03日 00:01

2月5日に、漫画家さんが介護の仕事に就いたという内容の2冊のマンガについて書きました。

さらに3冊目を発見しました。

『女性マンガ家が訪問介護ヘルパーになったら』(吉田美紀子 双葉社 2015年5月)です。

タイトルのとおりの内容で、利用者さんとのアレコレが描かれています。

ほとんどが4コマ漫画なので読みやすかったです。

その一言とは?2016年03月04日 08:18

80代のA子さんは、とても積極的に毎日を過ごしておられます。スマホもデビューされ、私のほうがガラケーでヨチヨチしています。

そんなA子さんが「パソコン教室」に通われることとなりました。

A子さん宅の近所には2社のパソコン教室があります。Y社とZ社です。

まず最初にA子さんはY社のパソコン教室に申し込みをしました。でも数回通って辞めました。

次にZ社のパソコン教室に行ってみました。
こちらはとってもお気に召され、今も通い続けておられます。

A子さんによると「断然Z社!」なのだそうです。

その理由は「Y社の講師はすぐに○○と言うからへこんでしまうけど、Z社の講師は絶対にそれを言わないから」だそうです。

他にも同様の理由でY社の教室からZ社に変わってこられる高齢者が多くいらっしゃるそうです。

さてその○○とは・・・?

その一言とは、ズバリ、

「前にも説明しましたけど・・」

あ~なるほど。それを言われると私もイヤになりそうです。

何度聞いても判らないから訊いてるわけで、そしてそのことを自分でも自覚しているわけで、そしてそれを情けなく思っているところに「前にも説明しましたけど」とくればそれは意気消沈の一撃ですね。

Z社の講師は、何回聞いてもイヤな顔一つせず、もちろん「前にも説明した」などとは決して言わず、根気よく教えてくれるそうです。

安心して質問できますね。

それは会社の方針なのか、講師個人の姿勢の問題なのかは判りませんが、見習いたいところです。

私も、何度も何度も同じ制度の説明を同じ方にしていると、そう言いたくなりますもの。それは「私はちゃんと前にお会いした時にご説明してますからね」という、なんといいますか、「私は悪くない。忘れてるあなたの問題です」と自分を弁護したい気持ちだったり、思うように話が前に進まなくてイライラしてしまったり、まぁ、私の未熟ぶりを露呈するようなお恥ずかしいお話しですけれど。

「判っていただけないのは説明の仕方が悪いから。自分の技術不足を反省するべき」と、ずーっと昔に習った(何の授業だったかすっかり忘れたけど、その教えだけは心に残っている)フレーズを心の中で繰り返し唱えながら、そしてZ社の講師を見習って、「前にも説明しましたけど」はそっと封印しておきましょう(もちろん、パソコン教室とは状況が違いますので、明らかに「前にも説明した」と伝える必要がある場合はその限りにあらず。そういう場合は記録にも残すべし)。

何度同じことを質問しても嫌な顔をせず答えてくれる人であること・・・それは、きっと、安心と信頼の基本なのでしょうね。

選ぶ基準2016年03月05日 09:46

痛ましい事件の影響でしょう、テレビで「施設の選び方」を取り上げている場面によく出合います。

「施設」といっても、元気なうちから入るのか、介護が必要になってから選ぶのかによって求めるものも変わってくるかなと思います。

テレビで映されている映像は、ある番組では比較的元気な方が集っておられる様子だったり(おそらく有料老人ホーム)、別の番組ではベッド上でスタッフが介助している様子だったり(おそらく特養)とさまざまですが、その映像の施設についての説明や、他にどんな施設や住まいがあるのかには言及しません。

「選ぶ基準」もさまざまです。

ある番組にでていた「専門家」はデータ重視でした。
いわく、重要事項説明書などを見て離職率やスタッフの資格を確認すべしと。


ある番組にでていた「専門家」は雰囲気重視。
食堂での食事の様子、玄関の飾りつけの有無、置かれている観葉植物の葉っぱの具合・・・などなどを見るべしと。

データ重視型も雰囲気重視型も、見極めたいのはその施設の「介護の質」です。

確かにデータから読み取れることもあるでしょうし、施設内の具体的な様子から見てとれることもあるでしょう。

私だったら・・・

とにかく実際に行ってみます。
けっこう大事だと思うのは、見学者である私に、通り過ぎるスタッフがきちんと挨拶をするかどうか、です。施設の姿勢や方針が表われていると思っています。

そして、顔。利用者の表情はもちろん、スタッフの顔つきです。ギスギスしてないかどうか・・・空間をともにしておだやかに過ごせるか・・・です。

そしてもう一つは「衣類や靴に記入された名前」です。デカデカと大きく見えやすい場所にマジックで書かれているのは(まるで幼稚園児のお名前シールみたいに!)、ご本人の気持ちよりも効率が優先されていると受け止めます。洗濯物の仕分けに便利だから見えやすいように・・・とか、失くした時にすぐにわかるように・・・とか、ボランティアの人にも名前がわかるようにとか・・、おそらくそういうことなのでしょうけれど、デカデカはいただけません。本末転倒です。見ているほうが胸が痛みます。その痛みを感じないで過ごせているスタッフの感性を疑うわけです。

そして大事なのは食事。毎日の楽しみですからね。味はもちろん食器(せとものかプラスチックか・・など)や配膳の仕方(テーブルに置くときにおざなりにガチャン!と置いてないか・・など)を見ます。

あとは・・・そうですね、「なんとなく感じる違和感」がないかどうか、でしょうか。

そしてデータも見せてもらいましょう。

40代後半になり、「施設選び」のニュースも「仕事目線」のみならず、「自分のこと目線」で観るようになりました。もし自分の親のことだったら・・はもちろん、自分の夫だったら・・とか自分が入居するのだったら・・と考えます。ずいぶん「老後」が近くなってきました。

「施設選び」に正解はないけれど、選ぶゆとりがないこともあるけれど(時間的に・状況的に)、そういうご相談をお受けしたならば、「私だったら」という感性とプロの目線の両方のアンテナを張り巡らせて、ご一緒に考えたいと思います。

在宅ワークのメリット2016年03月06日 07:42

私は自宅を事務所にしているので(といっても、自宅の小さな一室を仕事部屋にしているだけで、看板も何も出してませんが)、外に出る仕事以外は、自宅で過ごしています。書類作成をしたり、電話対応をしたり・・です。

その傍らで家事も同時進行しています。これは在宅ワークのメリットの一つですね。

さらにメリットは、お天気が良い日は布団が干せる!天気が悪くなってきたら洗濯物を取り込める!これはポイント大きいですね。とてつもなく主婦目線ですけれど。

では在宅ワークのデメリットは・・・?これはまた別の機会に。

今日は予報では曇りだったのに太陽が照っています。お布団、干そうかな ^^

『心がすっと軽くなるボケた家族の愛し方』2016年03月07日 08:40

2004年に西宮市で「つどい場さくらちゃん」を開設された「まるちゃん」が書かれた本『心がすっと軽くなる ボケた家族の愛し方』(丸尾多重子著 北川なつマンガ 長尾和宏監修  高橋書店 2015年12月)を読みました。

あたたかい本です。関西弁とイラストと、何よりもメッセージの根底に流れる「よしよし、もう大丈夫やで」という(帯にも記載されている)スタンスが温かいのです。

「愛し方」といっても「愛すべきだから、その方法を」というスタンスではないのです。

母・夫・義父母・妻・父を介護というそれぞれのシチュエーション、そして
遠距離介護についてもマンガと文章で語られています。医療コラムやQ&Aもあります。さらには一口で食べられるレシピまで!

私が何よりも印象に残ったのは、ある質問に対する回答。その質問とは「認知症の母に、だんだん自分が忘れられていくのが悲しいです。母は自分のとって一番大事な人。でも母にとって私は、忘れてもいい程度の存在だったのでしょうか?」というもの。

それに対する回答は、私も今まで考えたこともない視点がありました(20~21ページ)。

読後、たしかに「心がすっと軽く」なりました。

ひとまず、合格かな2016年03月09日 08:24

私はよく道に迷います。駅の構内は表示があるのでそれに従えばなんとかなりますが、ひとたび地上に出ると、全くどっちを向いているのかわからなくなります。

そんな時はどうするか。とにかく「誰かに訊く」です。駅の出口付近であれば駅員さんに尋ねますが、すでに歩みだしてしまっていたら「通りすがりの人」に声をかけます。

その時は瞬時に「親切そうな人か」を判断します。冷たくされたり、はたまた逆ギレされたり、そういう時は時間もないので余計なエネルギーは使いたくないので、理不尽な目に合わないように(こちらが不躾にも突然お尋ねしている立場なのですがそれは棚にあげて)、少なくとも「怒り出さない」であろう雰囲気の人に訊きます。

ということは、逆に、自分が通りすがりのひとに何かを尋ねられたら、とりあえず「親切そうな人」に分類されたのだろうと解釈します。

そういう時は神さまが(特定の宗教を信仰してはいませんが「偉大なる大きな存在」は感じています)、私のことを「それでいいよ」と認めてくれているような気がして、声をかけられたことを嬉しく受け止めます。日ごろの恩返しも出来ますし。

さて先日のこと。いつものように電車にのり、つり革を持って立っていたら、目の前の座席に座っている旅人らしき若い女性たちが会話を交わしていました。韓国語のようです。

最近韓国からの旅行者も増えたなぁ~とボーっとしていると、ふいに、その女性が私に向かって片言の英語とジェスチャーで何やら話し始めたのです。

どうやら「今乗っているこの電車は○○町駅に行くか」と訊いているようです。日本語は全く無理みたい。英語もかたこと。私は韓国語なんて出来ない。

さらにはこの電車はその○○町駅には行かない。途中の△△駅で乗り換える必要があります。

そのことを私は片言の英語と身振りで伝えました。すなわち「This train  NO ○○町. 」 & 手で大きく×印。

はい、通じましたよ~。こんなちゃっちい単語の羅列でも、伝われば良いのです。

そして△△駅で乗り換えることも伝わって、彼女らが△△駅で下車するところも見届けて、一件落着。


さてそれから数日後。その時も電車で移動しており、座席に座って本を読んでいました。隣にスーツケースを持ったグループが座りました。交わされている会話やガイドブックの文字から中国から来られたことが判りました。

最近中国からの旅行者も増えたなぁ~とボーっとしていると、隣のその女性が、スマホの画面を私に見せてきて、何やら言っています。片言の英語です。

どうやら「今乗っているこの電車は●●市駅に行くか」と訊いているようです。

また?またまたこのパターン⁉

それはさておき、すぐにお答えしたいけど、前回と違ってこの時に乗っていた電車は普段は使わない路線で、この電車が●●市駅に停まるのかどうかなんて全然知らない。インプットしているのは自分の降りる駅のことだけ。

相手が日本人なら「ごめんなさい、私も良くわからなくて・・」とお答えするところですが、相手は異国からの訪問者。私も海外で道に迷った時は不安でいっぱいになりますから、この旅人たちをここで見捨てるわけには行きません。

ちょっと待ってと英語で言い、立って車内の路線図を眺めに行きました。この電車は特急。●●市駅には・・・

停まらない! 乗り換えは、私も降りる予定の次の駅!

早く伝えないと!

席に戻って「This train NO ●●市駅.」&手で×印・・・またしてもこのフレーズとジェスチャーを使うことになろうとは。

なんとか伝わり、次の駅で乗り換えることも伝わって、次の駅で私も一緒に降りて、ホームに立つ駅員さんに「この人たち●●市駅に行きたいようなんですけど、どの電車に乗り換えたら良いか説明お願いします」と引き継いで、ようよう私は訪問先へ。一件落着。

それにしても何なんでしょう、わずか数日の間にこの似たようなシチュエーション。

さらに近所のATMで見知らぬ高齢の女性から「カードがなくてもお金を入れられるかしら」と尋ねられたし。

どうやら、とりあえず近頃の私の佇まいは「親切そうな人」として認識されていると思って良さそうです。相談援助職の社会福祉士としては自身の醸し出す雰囲気は大事ですから、ひとまず、神さまから「合格」をもらったと思うことにします。

引き続き、合格点がもらえますように。

ドクターG2016年03月10日 07:17

毎週木曜日にNHKで放送されている「総合診療医ドクターG」を楽しみに観ています。今日はスペシャル番組のため放送されないようですが。

医学の知識としても勉強になりますし、毎回、登場するドクターGの真摯な姿勢に学ぶことが多いです。

最近では「患者が語るすべての情報に意味がある」というメッセージが特に印象に残っています。

まるで謎解きのように真実に向かって研修医と議論する姿はドラマチックでもあります。

この番組を観ていると、勉強になるとともに、医療と福祉の視点の違いにも気づかされます。

初期の段階において、医療では「病名」というたどり着くべき1つのゴール(正解)があり、それに向かってあらゆる角度から検討していきます。
翻って私たちは、明確なゴール(正解)が存在しているわけではなく、絡まった糸をほぐしていくうちに何本かの道筋が見えてくる感じでしょうか。

スタンスの違いはあれど、目指すところは「ご本人が安心して生きていけること」。ドクターGたちのひたむきな、プロフェッショナルとしての信念や姿勢は、変わりなく私たちも持つべきものだと思います。

「総合診療医ドクターG」、また来週を楽しみにするとしましょう。

5年2016年03月11日 08:35

東日本大震災から5年。当時も今も、具体的には何もできない自分をもどかし感じるばかりです。

私にできることは「想うこと」そして「忘れないこと」。

そしてそれを形に表すとしたら、募金とか、東北の物産を購入するとか、きっとそういうことです。

東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
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