4回目の年女2016年03月26日 00:03

今日は私の誕生日。48歳になりました。

年女ですから、今年は年齢を問われて迷うことはなさそうです。そう、その昔、母が今の私くらいの年齢の頃、自分の年齢を「なんぼやったっけ?」などと即答しないことを「往生際が悪い」「ごまかしている」と思ったものですが、どうやらそうではなかったらしいことが我が身を持ってようやく理解できるようになりました。

45歳を過ぎた辺りから「本当に判らない」のです。

もちろん30代だったかな?などとは思いません。45歳を超えていることは理解しています。でも正確に、それが45だったか46だったか47だったかが、にわかには脳が反応しないのです。認めたくないとか、ごまそうとしているとか、そういうわけではないのです。年齢を隠したいとは思ってないつもりですし。

特に書類に年齢を書くときなどに脳細胞がフリーズします。でも今年は「年女」という検索ワードがありますから、速やかに記入できそうです。

それにしても、48歳。

10代の頃に思い描いていた「将来の(大人になった)私」はせいぜい30歳まででした。それ以上は想像もついてなかったです。

ましてや50歳目前にしての「将来の(老いを感じ始める)私」なんて、別世界といいましょうか、自分の歩む道の延長線上には存在していなかったと思います。

でも、確かに延長線上に48歳はありました。特別なことでもなく、大きな溝を超えたわけでもなく、当たり前の歩みの先に、48歳はありました。

人生の後半戦となり、自分の老後がちらほら頭をかすめ、でもまだまだ現役で、何がしたいのか、何ができるのか、がむしゃらにではなくしなやかに日々の営みを慈しみたいと思います。

これからどんな私でありたいか・・・そうですね、

軽やかな佇まい

と、

爽やかな空気感

と、

潔さ

でしょうか。

そう、煩いをどんよりまとうことなく、鎧は脱ぎ捨てて、キャパ以上のものを(有形無形ともに)背負い込まず、惑わされず、流されず、頑なにならず、比較せず・・・って、これはそうだったら良いなという理想。

つまり、現実は、小さなことでイライラし、思い通りにならない状況に抗い、もがいている毎日。

48歳。そんな毎日から脱して、少しでも理想の自分に近づいていくことができますように。すがすがしく毎日を振り返ることができますように.・・。

4回目の年女となった私の所信表明でした。
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