15周年 ― 2016年02月01日 10:16
2月1日は私の「開業記念日」です。
2001年2月1日に個人事業「柳田明子社会福祉士事務所」の開業届を提出したのです。15周年を迎えることとなります。
振り返れば、開業届を出した頃に、日本社会福祉士会に問い合わせの電話をかけたんですよね、私。「独立にあたっての規程はありますか?」と。
当時はまだ独立型のネットワークも委員会もなく、会としても独立スタイルで活動している会員の把握もできていない状況でした。なので回答は「規定はない」。とりあえず把握している独立型(という名称も、まだ定義づけはなく、自然発生的に使用していた頃ですが)の一覧をFAXしましょうかと言われ、届いたFAXには13人の先駆者たちのお名前が記載されていたのでした。
あれから15年。
その後に第1回が開催された全国集会も12回めを迎え、独立型社会福祉士を名乗る仲間も数百人になりました。
「独立している社会福祉士」というだけで珍しかった時代を経て、今は中身と実績が問われていると思います。
私の15年は、およそ3つに分けて語ることができます。
初めの5年は「名前だけ」。とりあえず開業届は出したものの、仕事は週に1回程度の講師業のみ。「社会福祉士事務所」の名刺を出しても、
理解されず、また、分かっていただくだけの論理も実践もなかったペラペラな「名前だけ」の独立型社会福祉士だったと思います。
次の5年は「葛藤」の時期でした。法人でも「社会福祉士事務所」を立ちあげケアプラン作成を担うようになった頃から、少しずつ活動の幅が広がったと思います。いろんな場に顔をだし、いろんなご依頼をチャンスととらえてお受けしていました。その反面、「社会福祉士の柳田」ではなく「ケアマネジャーの柳田」としての看板が大きくなることに葛藤を感じてもいました。
「ケアマネの柳田」ではなく「社会福祉士の柳田」でありたいと、切実に願い、もがき、でもどうすれば良いかわからないまま、ただただ忙しい時期でした。
そんな私のありようがどう影響したのか(してないのか)は判りませんが、家族に心配な状況がおこり、仕事の量を減らして家庭に軸足をおく必要が生じました(と私は判断しました)。それが最近の5年です。
仕事の量をセーブすることになり、法人での活動(ケアマネ)を縮小しました。そのことにより図らずも「ケアマネの柳田」は影を潜めました。
いろんなご依頼をお断りし、ご迷惑をかけながら、最小限の仕事量で、ほそぼそとつないでいました。「家族の病気」という想定外の事態となった時の「独立型」の基盤の弱さを切実に感じた時期でもありました。代わりはいない、看護休暇があるわけでもない。どんなにその家族のことが心配な状況でも、家族のために私のエネルギーを100%注ぎたい時でも、そのエネルギーを他者のために使わねばならない時があるのです。
そんな低空飛行の時期を経て、だいぶ家庭の状況は改善してきました。そして私にもちょっぴりゆとりがでてきました。仕事も少しずつ再開し始めました。もう「ケアマネの柳田」ではなく「社会福祉士の柳田」へのご依頼ばかりといっても過言ではない状況となりました(「柳田さんってケアマネもしてるんですか?」と驚かれることもあり、こっちがビックリします)。
仕事再開とはいえ、もう以前のようなエネルギッシュな働き方はしません。出来ないと言ったほうが正しいでしょうか。
というのも、この5年の間に、私自身の人生のステージも変わったように思うのです。気力・体力ともに全開だった30代後半から40代前半を思うと、あの頃とは違う自分がいます。
量より質・・とでも言いましょうか、「あれもこれも」ではなく「私がこれと思った仕事を」とでも言いましょうか、それよりも何よりも身体がついていかないとでも言いましょうか・・。昔のスケジュール帳をみると、今の私には到底無理な予定の入れ方をしています。我ながらスゴイと思います。
今は、1日に1つの用事でいい具合です。
『ありがとうとお金の法則』(小林正観 だいわ文庫)に「求めて手に入れるのが人生の前半。折り返しを過ぎたら、捨てて手放す」というくだりがありました。その意味は著者によると「折り返し地点とは、人生の半分ですから、だいたい四十代くらいと思っていいでしょう。そのくらいの年になったら「何かをしたい」と考えるより「頼まれたら引き受ける」というスタイルに切り替えたほうがラク」(137ページより引用)ということだそうです。
そのことがとても腑に落ちるのです。
がむしゃらに社会の中に自分の存在意義を追い求めるのではなく、誰かが社会福祉士の私に何かを望み、求めて、依頼してくださるのなら、喜んでそれに応えましょう。報酬は「社会からのお礼」だと思って謹んで
お受けしましょう。
名ばかりの5年、忙しくも葛藤の5年、低空飛行の5年を経て、次の5年は、地道にきっちりと、欲張らずに無理のない範囲でご依頼をお受けし、そして必ず「さすが社会福祉士の柳田」と思っていただける結果をお返しする「足元を固める5年」にしたいと思います。
今、私は、忙しくはないけれど、一つひとつの仕事にとても充実感を感じています。
2016年2月1日。独立して15年が経ちました。これまでの出会いや出来事すべてに感謝します。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
2001年2月1日に個人事業「柳田明子社会福祉士事務所」の開業届を提出したのです。15周年を迎えることとなります。
振り返れば、開業届を出した頃に、日本社会福祉士会に問い合わせの電話をかけたんですよね、私。「独立にあたっての規程はありますか?」と。
当時はまだ独立型のネットワークも委員会もなく、会としても独立スタイルで活動している会員の把握もできていない状況でした。なので回答は「規定はない」。とりあえず把握している独立型(という名称も、まだ定義づけはなく、自然発生的に使用していた頃ですが)の一覧をFAXしましょうかと言われ、届いたFAXには13人の先駆者たちのお名前が記載されていたのでした。
あれから15年。
その後に第1回が開催された全国集会も12回めを迎え、独立型社会福祉士を名乗る仲間も数百人になりました。
「独立している社会福祉士」というだけで珍しかった時代を経て、今は中身と実績が問われていると思います。
私の15年は、およそ3つに分けて語ることができます。
初めの5年は「名前だけ」。とりあえず開業届は出したものの、仕事は週に1回程度の講師業のみ。「社会福祉士事務所」の名刺を出しても、
理解されず、また、分かっていただくだけの論理も実践もなかったペラペラな「名前だけ」の独立型社会福祉士だったと思います。
次の5年は「葛藤」の時期でした。法人でも「社会福祉士事務所」を立ちあげケアプラン作成を担うようになった頃から、少しずつ活動の幅が広がったと思います。いろんな場に顔をだし、いろんなご依頼をチャンスととらえてお受けしていました。その反面、「社会福祉士の柳田」ではなく「ケアマネジャーの柳田」としての看板が大きくなることに葛藤を感じてもいました。
「ケアマネの柳田」ではなく「社会福祉士の柳田」でありたいと、切実に願い、もがき、でもどうすれば良いかわからないまま、ただただ忙しい時期でした。
そんな私のありようがどう影響したのか(してないのか)は判りませんが、家族に心配な状況がおこり、仕事の量を減らして家庭に軸足をおく必要が生じました(と私は判断しました)。それが最近の5年です。
仕事の量をセーブすることになり、法人での活動(ケアマネ)を縮小しました。そのことにより図らずも「ケアマネの柳田」は影を潜めました。
いろんなご依頼をお断りし、ご迷惑をかけながら、最小限の仕事量で、ほそぼそとつないでいました。「家族の病気」という想定外の事態となった時の「独立型」の基盤の弱さを切実に感じた時期でもありました。代わりはいない、看護休暇があるわけでもない。どんなにその家族のことが心配な状況でも、家族のために私のエネルギーを100%注ぎたい時でも、そのエネルギーを他者のために使わねばならない時があるのです。
そんな低空飛行の時期を経て、だいぶ家庭の状況は改善してきました。そして私にもちょっぴりゆとりがでてきました。仕事も少しずつ再開し始めました。もう「ケアマネの柳田」ではなく「社会福祉士の柳田」へのご依頼ばかりといっても過言ではない状況となりました(「柳田さんってケアマネもしてるんですか?」と驚かれることもあり、こっちがビックリします)。
仕事再開とはいえ、もう以前のようなエネルギッシュな働き方はしません。出来ないと言ったほうが正しいでしょうか。
というのも、この5年の間に、私自身の人生のステージも変わったように思うのです。気力・体力ともに全開だった30代後半から40代前半を思うと、あの頃とは違う自分がいます。
量より質・・とでも言いましょうか、「あれもこれも」ではなく「私がこれと思った仕事を」とでも言いましょうか、それよりも何よりも身体がついていかないとでも言いましょうか・・。昔のスケジュール帳をみると、今の私には到底無理な予定の入れ方をしています。我ながらスゴイと思います。
今は、1日に1つの用事でいい具合です。
『ありがとうとお金の法則』(小林正観 だいわ文庫)に「求めて手に入れるのが人生の前半。折り返しを過ぎたら、捨てて手放す」というくだりがありました。その意味は著者によると「折り返し地点とは、人生の半分ですから、だいたい四十代くらいと思っていいでしょう。そのくらいの年になったら「何かをしたい」と考えるより「頼まれたら引き受ける」というスタイルに切り替えたほうがラク」(137ページより引用)ということだそうです。
そのことがとても腑に落ちるのです。
がむしゃらに社会の中に自分の存在意義を追い求めるのではなく、誰かが社会福祉士の私に何かを望み、求めて、依頼してくださるのなら、喜んでそれに応えましょう。報酬は「社会からのお礼」だと思って謹んで
お受けしましょう。
名ばかりの5年、忙しくも葛藤の5年、低空飛行の5年を経て、次の5年は、地道にきっちりと、欲張らずに無理のない範囲でご依頼をお受けし、そして必ず「さすが社会福祉士の柳田」と思っていただける結果をお返しする「足元を固める5年」にしたいと思います。
今、私は、忙しくはないけれど、一つひとつの仕事にとても充実感を感じています。
2016年2月1日。独立して15年が経ちました。これまでの出会いや出来事すべてに感謝します。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』 ― 2016年02月04日 22:48
2月1日の記事で人生のステージのことを書きました。40代後半の今の私は、30代の頃とは仕事との付き合い方が違うと感じているという内容です。
今日電車の中で読んだ『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』(樋野興夫 幻冬舎 2015年)の中に、その感覚に近い記載がありました。
以下、同書66ページからの引用です。
「私たちには年代ごとに役割があります。
20代、30代は人に言われたことを黙々とがむしゃらにやります。
40代になったら自分のやりたいことや好きなことに専念します。
50代になったら積極的に周りの人の面倒を見ます。
60代になっても自分のことしか考えていなかったら恥と思え、です。
高齢になったら人の面倒など見られなくなります。それどころか人に面倒を見てもらう立場になることのほうが多いでしょう。
その時は人のことを想うだけでいい。それがあなたに与えられた役割。
…以下省略」
40代で「好きなことに専念」できるかどうかは(家事や介護や育児やいろんな役目がふりかかる年代でもあるので)さておき、30代のがむしゃらな姿勢とは違って自分のキャパや方向性に向き合う年代といったところでしょうか・・。そして50代は「社会に還元」ということかなと解釈しました。
それにしても、タイトルも、この引用部分も、なんだか哲学的ですね。
それもそのはず、この著者は2008年に「がん哲学外来」を開設され、がんで不安を抱えた患者と家族を対話を通して支援する活動を続けておられる方なのです。
多くのがん患者さんの生死と向き合い、対話を続けてこられたご体験からの「言葉の処方箋」(9ページより)は、上記だけでなくどれも一つひとつが深く考えさせられるものでした。
私にとっての「今日の花」は何だろうな・・・。
今日電車の中で読んだ『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』(樋野興夫 幻冬舎 2015年)の中に、その感覚に近い記載がありました。
以下、同書66ページからの引用です。
「私たちには年代ごとに役割があります。
20代、30代は人に言われたことを黙々とがむしゃらにやります。
40代になったら自分のやりたいことや好きなことに専念します。
50代になったら積極的に周りの人の面倒を見ます。
60代になっても自分のことしか考えていなかったら恥と思え、です。
高齢になったら人の面倒など見られなくなります。それどころか人に面倒を見てもらう立場になることのほうが多いでしょう。
その時は人のことを想うだけでいい。それがあなたに与えられた役割。
…以下省略」
40代で「好きなことに専念」できるかどうかは(家事や介護や育児やいろんな役目がふりかかる年代でもあるので)さておき、30代のがむしゃらな姿勢とは違って自分のキャパや方向性に向き合う年代といったところでしょうか・・。そして50代は「社会に還元」ということかなと解釈しました。
それにしても、タイトルも、この引用部分も、なんだか哲学的ですね。
それもそのはず、この著者は2008年に「がん哲学外来」を開設され、がんで不安を抱えた患者と家族を対話を通して支援する活動を続けておられる方なのです。
多くのがん患者さんの生死と向き合い、対話を続けてこられたご体験からの「言葉の処方箋」(9ページより)は、上記だけでなくどれも一つひとつが深く考えさせられるものでした。
私にとっての「今日の花」は何だろうな・・・。
漫画家が介護の仕事に ― 2016年02月05日 08:53
漫画家の方が未経験の介護の仕事についた経験を描いたコミックエッセイを読みました。
立て続けに2冊です。
1冊は『マンガ ボクは介護職員一年生』(梅熊大介 宝島社 2015年 以下『介護職員一年生』)、もう1冊は『49歳未経験 すっとこ介護始めました!』(八万介助 小学館 2014年 以下『すっとこ介護』)です。
両者とも、コミカルかつ時にホロリとさせられるものでしたが、違いもあります。
『介護職員一年生』の舞台は「グループホーム」、『すっとこ介護』の舞台は「老人保健施設の認知症棟」です。
それに伴い(かな?)、『介護職員一年生』のほうは、「マスコミで報道されているような悲惨または美談ではない日常生活の中の介護の様子」が表現されており、『すっとこ介護』のほうは「施設介護の実態や裏話」が描かれています。
そして『介護職員一年生』には地域との関わりが、『すっとこ介護』には資格制度のお話もありました。
両者とも合間に「コラム」のような形で基本的な事柄が説明されています。
ところどころ「ん?」と思うところもありますが、全体的には興味深く読むことができました。
そうそう、両者とも「社会福祉士」が(説明部分で名前だけの1回だけですが)出てきましたよ。
立て続けに2冊です。
1冊は『マンガ ボクは介護職員一年生』(梅熊大介 宝島社 2015年 以下『介護職員一年生』)、もう1冊は『49歳未経験 すっとこ介護始めました!』(八万介助 小学館 2014年 以下『すっとこ介護』)です。
両者とも、コミカルかつ時にホロリとさせられるものでしたが、違いもあります。
『介護職員一年生』の舞台は「グループホーム」、『すっとこ介護』の舞台は「老人保健施設の認知症棟」です。
それに伴い(かな?)、『介護職員一年生』のほうは、「マスコミで報道されているような悲惨または美談ではない日常生活の中の介護の様子」が表現されており、『すっとこ介護』のほうは「施設介護の実態や裏話」が描かれています。
そして『介護職員一年生』には地域との関わりが、『すっとこ介護』には資格制度のお話もありました。
両者とも合間に「コラム」のような形で基本的な事柄が説明されています。
ところどころ「ん?」と思うところもありますが、全体的には興味深く読むことができました。
そうそう、両者とも「社会福祉士」が(説明部分で名前だけの1回だけですが)出てきましたよ。
働く、ということ ― 2016年02月06日 13:36
『寝たきりだけど社長やってます 十九歳で社長になった重度障がい者の物語』(株式会社仙拓 代表取締役社長 佐藤仙務 彩図社 平成26年)を読みました。
平成24年に発刊された『働く、ということ』を再編集したものだそうですが、私はその元の本の存在を知らずに手にとりました。
読んでみると、元の『働く、ということ』というフレーズがピッタリの内容でした。単なるドキュメンタリーではないのですね。「障がいがあるのに会社を興すなんてスゴイな~」とかそういう薄っぺらい感想ではなく(もちろん「スゴイ!」と感じる部分は多々ありましたけれど)、「私にとって働くとは?」と考えさせられる内容でした。
会社を設立するまでの気持ちの動きも興味深かったし(社会人になることの意味や障がいがあっての進路選択など)、会社を興してからの展開のステップ(まず身内やツテからスタートして徐々に広がっていく様子)も、独立してなりわいを営むものとして共感を覚えました。
さて、私にとって「働く」とは?
どこかで「働くとは、ハタ(周り)をラク(楽)にすること」と読んだことがあります(どの本だったか忘れてしまいました・・・)。
そうですね、私が「働く」ことで、誰かがラクになってくれたなら、それは何よりの喜びですね。そして私も誰かの「働き」でラクになっているわけですよね。
福祉の仕事を志す人が「人の役に立つ仕事がしたいから」とおっしゃることがあります。それを否定はしませんが、でも私は意地悪なので「では人の役に立ってない仕事を教えてください」と切り込みます。
世の中の仕事は全て(法に触れるようなものでない限り)「人の役に立っている」んですよね。ただ直接的か間接的かという違いはあって、福祉の仕事は「直接的」なので、その感覚をダイレクトに感じることができるのは確かです。
だけど、そのことで「自分の仕事が属す領域だけが人の役に立っている」と思ってしまうのは傲慢だと思います。
謙虚に自分の仕事を見つめた時、さぁ私にとって「働く」とは?
・・・・社会の中の自分の居場所
・・・・そしてその場所で私の役目をごまかしなく果たすこと
・・・・そしてそのことによって報酬をありがたくいただくこと
と、言えるでしょうか。
「働く、ということ」は永遠のテーマかも知れませんね。
平成24年に発刊された『働く、ということ』を再編集したものだそうですが、私はその元の本の存在を知らずに手にとりました。
読んでみると、元の『働く、ということ』というフレーズがピッタリの内容でした。単なるドキュメンタリーではないのですね。「障がいがあるのに会社を興すなんてスゴイな~」とかそういう薄っぺらい感想ではなく(もちろん「スゴイ!」と感じる部分は多々ありましたけれど)、「私にとって働くとは?」と考えさせられる内容でした。
会社を設立するまでの気持ちの動きも興味深かったし(社会人になることの意味や障がいがあっての進路選択など)、会社を興してからの展開のステップ(まず身内やツテからスタートして徐々に広がっていく様子)も、独立してなりわいを営むものとして共感を覚えました。
さて、私にとって「働く」とは?
どこかで「働くとは、ハタ(周り)をラク(楽)にすること」と読んだことがあります(どの本だったか忘れてしまいました・・・)。
そうですね、私が「働く」ことで、誰かがラクになってくれたなら、それは何よりの喜びですね。そして私も誰かの「働き」でラクになっているわけですよね。
福祉の仕事を志す人が「人の役に立つ仕事がしたいから」とおっしゃることがあります。それを否定はしませんが、でも私は意地悪なので「では人の役に立ってない仕事を教えてください」と切り込みます。
世の中の仕事は全て(法に触れるようなものでない限り)「人の役に立っている」んですよね。ただ直接的か間接的かという違いはあって、福祉の仕事は「直接的」なので、その感覚をダイレクトに感じることができるのは確かです。
だけど、そのことで「自分の仕事が属す領域だけが人の役に立っている」と思ってしまうのは傲慢だと思います。
謙虚に自分の仕事を見つめた時、さぁ私にとって「働く」とは?
・・・・社会の中の自分の居場所
・・・・そしてその場所で私の役目をごまかしなく果たすこと
・・・・そしてそのことによって報酬をありがたくいただくこと
と、言えるでしょうか。
「働く、ということ」は永遠のテーマかも知れませんね。
『健康で文化的な最低限度の生活』 ― 2016年02月07日 13:19
言わずと知れた日本国憲法第25条の条文の一部ですが、マンガのタイトルでもあります。
予約していた第3巻(2016年2月3日初版)が届いたので一気に読みました。
生活保護の新人ケースワーカーとして福祉事務所で奮闘する若い女性の物語・・と聞くと「明るくて健気で純粋で、ちょっとドジな憎めない若い女性が、いろんな困難にもまれながら成長するストーリー」(ありがちな!)を想像されるかも知れませんが、この『健康で文化的な最低限度の生活』(柏木ハルコ 小学館)というマンガはですね、なんと言いましょうか、もっとリアルなんです・・・。
確かに「困難にもまれながら成長する」んですけど、その「困難」がやけにリアルなんです・・・重いんです・・・。絵のタッチも少女漫画風ではなく劇画チックですし。
もし私がこのケースの担当ワーカーだったら・・・、もし私がこの場にいたら・・と身をつまされる思いで読んでいます。
主人公の女性以外のケースワーカーも、それぞれの立ち位置が興味深いです。どの人の立場も「一理あり」と思ってしまいます。
今のところ全3巻通して「社会福祉士」という具体的な資格名は出てきてませんが、私は主人公の指導役のベテランケースワーカーが社会福祉士だったら嬉しいなと思ってます。発言に思慮深さを感じるし、見習うべき点が多々あるんです。私もこの人に指導してもらいたいです。
っていうか、早く第4巻が読みたーい!続きが気になる~!
予約していた第3巻(2016年2月3日初版)が届いたので一気に読みました。
生活保護の新人ケースワーカーとして福祉事務所で奮闘する若い女性の物語・・と聞くと「明るくて健気で純粋で、ちょっとドジな憎めない若い女性が、いろんな困難にもまれながら成長するストーリー」(ありがちな!)を想像されるかも知れませんが、この『健康で文化的な最低限度の生活』(柏木ハルコ 小学館)というマンガはですね、なんと言いましょうか、もっとリアルなんです・・・。
確かに「困難にもまれながら成長する」んですけど、その「困難」がやけにリアルなんです・・・重いんです・・・。絵のタッチも少女漫画風ではなく劇画チックですし。
もし私がこのケースの担当ワーカーだったら・・・、もし私がこの場にいたら・・と身をつまされる思いで読んでいます。
主人公の女性以外のケースワーカーも、それぞれの立ち位置が興味深いです。どの人の立場も「一理あり」と思ってしまいます。
今のところ全3巻通して「社会福祉士」という具体的な資格名は出てきてませんが、私は主人公の指導役のベテランケースワーカーが社会福祉士だったら嬉しいなと思ってます。発言に思慮深さを感じるし、見習うべき点が多々あるんです。私もこの人に指導してもらいたいです。
っていうか、早く第4巻が読みたーい!続きが気になる~!
『やさしく言いかえよう 介護のことば』 ― 2016年02月08日 08:42
介護系のwebサービスの開発の打ち合わせの場に社会福祉士として出席する機会があります(貴重なご依頼に感謝です)。
その場には、デザイナーとかソフトエンジニアとかそういう肩書の、とにかくクリエイティブな人々が集っています。
そこで交わされる議論には、センイ・ジッソウ・ワイヤーフレーム・ピクト・ステータス・・・などなど、つぶやきもつながりもしていないアナログな私には全く理解不能な語句が飛び交います(ちなみに、センイとは遷移、ジッソウとは実装、とな。漢字を教えてもらってもよく判りません)。
そこでの私はまさにアウェイ。いかに日ごろ自分の得意分野で生きているかを実感します。ずーっとそのアウェイの場にいると自分が無能な人間にさえ思えます。
とは言え、その場での私の役割は「そういうことが苦手な福祉系の人」としての率直な感想を述べることですから、堂々と「わからない」姿勢を見せることができるのは助かります。「わかったふり」をしないといけないとしたらそれはそれは苦痛なことです。
さて翻って、このことを我がホームグラウンドに置き換えて考えてみましょう。
「センイ・ジッソウ・ピクト・・・」云々の彼らの専門用語は、私たちにとっての「ADL・QOL・褥瘡・・・」くらい日常的な用語のようです。
私たちにとっては日常的であるそういった専門用語を、例えば、利用者さんやご家族に対して使ったとしたら。
私がアウェイと感じたように、いえ、きっとそれ以上に、冷たく、疎外されたような、事務的な、機械的な、心を通わすことのきっかえさえ拒絶されたような、そんな気持ちになることでしょう。
体位交換?・・・電池の交換じゃあるまいし。ましてやタイコウって・・・。
「身体の向きを変える」のほうが優しいよ。
食介?・・・食事介助と言われてもおいしくない。ましてやショッカイなんて。
観察?・・・私は金魚かヒマワリか。様子を見る、で良くないか?
排泄?尿意?便意?・・・トイレに行きたい、じゃダメ?
・・と、思っていたら(というか、研修などで話すこともありますが)、まさに待ってました!な本に出会いました。
『やさしく言いかえよう 介護のことば』(遠藤織枝+三枝令子編著 三省堂 2015年12月)です。書かれている内容は、海外の介護福祉士候補者たちが直面する「日本語の専門用語の壁」もさることながら、私たち自身の問題でもあります。
読んでいると私も意味が判らない用語もありました。私が介護職をしていた頃より「進化」しているような気がします。
なるほど・・と思ったのは音声だけでは2つの意味にとれる用語があることです。例えば「安全ベルトカイジョ」とだけ聞くと「介助」なのか「解除」なのかわからないと(141ページ)。
この本は、用語を分野ごとにまとめてあるし、索引はあるし、コラムもあるし、記録の書き方や敬語についての記載もあるし、たいそう参考になります。目次も見やすいです。
私は専門用語を学ぶことや理解することを否定しているわけではありません。
ただ、それらの専門用語を、平気で利用者さんやご家族に対して使うことの傲慢さに、温かみのない語感の専門用語を自ら発することで日常の穏やかな空気を乱していることの影響に気づかない鈍感さに、それらの言葉を受け止める側のしんどさに思いを馳せることができない無神経さに、それでプロと言えますか?と思うのです。
それは「専門用語の意味がわかる・わからない」の話ではありません。
私がかつて身内の「サービス担当者会議」(このネーミングもいかがなものかと・・)に「嫁」の立場で出席した時、なぜか専門職たちは専門用語を駆使して話を進めました。本人(要介護者)やその配偶者もいるのに、です。
私は、彼らの話している内容は理解できました。言葉の意味も判ります。でも不愉快でした。悲しい気持ちになりました。
置いてけぼりのような、全くこちらの立場に立ってもらえてないような、事務的な印象を受けたのです。
その時に「専門用語はやさしい言葉に言い換えよう」といわれることの趣旨は、単に「わからないだろうからわかりやすく言ってあげよう」ということだけではないと実感しました。
「専門用語の意味がわかる・わからない」の話ではなく、姿勢の問題なのです。
自分の使っている言葉を見直してみることは、自分の仕事に対する姿勢を見直すことです。特に私たちは、この本の前書きにも書いてありますが、メスも薬も使うことなく相手のしんどさを和らげようとしています。使えるのは「自分自身」だけ。
その自分から発する言葉は、時に癒しともなり、薬ともなるけれど、時に毒や刃物にもなることを強く自覚しておきたいと、この本を読んで改めて感じました。
その場には、デザイナーとかソフトエンジニアとかそういう肩書の、とにかくクリエイティブな人々が集っています。
そこで交わされる議論には、センイ・ジッソウ・ワイヤーフレーム・ピクト・ステータス・・・などなど、つぶやきもつながりもしていないアナログな私には全く理解不能な語句が飛び交います(ちなみに、センイとは遷移、ジッソウとは実装、とな。漢字を教えてもらってもよく判りません)。
そこでの私はまさにアウェイ。いかに日ごろ自分の得意分野で生きているかを実感します。ずーっとそのアウェイの場にいると自分が無能な人間にさえ思えます。
とは言え、その場での私の役割は「そういうことが苦手な福祉系の人」としての率直な感想を述べることですから、堂々と「わからない」姿勢を見せることができるのは助かります。「わかったふり」をしないといけないとしたらそれはそれは苦痛なことです。
さて翻って、このことを我がホームグラウンドに置き換えて考えてみましょう。
「センイ・ジッソウ・ピクト・・・」云々の彼らの専門用語は、私たちにとっての「ADL・QOL・褥瘡・・・」くらい日常的な用語のようです。
私たちにとっては日常的であるそういった専門用語を、例えば、利用者さんやご家族に対して使ったとしたら。
私がアウェイと感じたように、いえ、きっとそれ以上に、冷たく、疎外されたような、事務的な、機械的な、心を通わすことのきっかえさえ拒絶されたような、そんな気持ちになることでしょう。
体位交換?・・・電池の交換じゃあるまいし。ましてやタイコウって・・・。
「身体の向きを変える」のほうが優しいよ。
食介?・・・食事介助と言われてもおいしくない。ましてやショッカイなんて。
観察?・・・私は金魚かヒマワリか。様子を見る、で良くないか?
排泄?尿意?便意?・・・トイレに行きたい、じゃダメ?
・・と、思っていたら(というか、研修などで話すこともありますが)、まさに待ってました!な本に出会いました。
『やさしく言いかえよう 介護のことば』(遠藤織枝+三枝令子編著 三省堂 2015年12月)です。書かれている内容は、海外の介護福祉士候補者たちが直面する「日本語の専門用語の壁」もさることながら、私たち自身の問題でもあります。
読んでいると私も意味が判らない用語もありました。私が介護職をしていた頃より「進化」しているような気がします。
なるほど・・と思ったのは音声だけでは2つの意味にとれる用語があることです。例えば「安全ベルトカイジョ」とだけ聞くと「介助」なのか「解除」なのかわからないと(141ページ)。
この本は、用語を分野ごとにまとめてあるし、索引はあるし、コラムもあるし、記録の書き方や敬語についての記載もあるし、たいそう参考になります。目次も見やすいです。
私は専門用語を学ぶことや理解することを否定しているわけではありません。
ただ、それらの専門用語を、平気で利用者さんやご家族に対して使うことの傲慢さに、温かみのない語感の専門用語を自ら発することで日常の穏やかな空気を乱していることの影響に気づかない鈍感さに、それらの言葉を受け止める側のしんどさに思いを馳せることができない無神経さに、それでプロと言えますか?と思うのです。
それは「専門用語の意味がわかる・わからない」の話ではありません。
私がかつて身内の「サービス担当者会議」(このネーミングもいかがなものかと・・)に「嫁」の立場で出席した時、なぜか専門職たちは専門用語を駆使して話を進めました。本人(要介護者)やその配偶者もいるのに、です。
私は、彼らの話している内容は理解できました。言葉の意味も判ります。でも不愉快でした。悲しい気持ちになりました。
置いてけぼりのような、全くこちらの立場に立ってもらえてないような、事務的な印象を受けたのです。
その時に「専門用語はやさしい言葉に言い換えよう」といわれることの趣旨は、単に「わからないだろうからわかりやすく言ってあげよう」ということだけではないと実感しました。
「専門用語の意味がわかる・わからない」の話ではなく、姿勢の問題なのです。
自分の使っている言葉を見直してみることは、自分の仕事に対する姿勢を見直すことです。特に私たちは、この本の前書きにも書いてありますが、メスも薬も使うことなく相手のしんどさを和らげようとしています。使えるのは「自分自身」だけ。
その自分から発する言葉は、時に癒しともなり、薬ともなるけれど、時に毒や刃物にもなることを強く自覚しておきたいと、この本を読んで改めて感じました。
さすが国民的アイドル! ― 2016年02月09日 00:14
医師が書いた80代後半の女性Aさんに関する書類に目を通しました。
Aさんは認知症で、その書類には「日付がわからない・曜日がわからない・食べたことを忘れる・○○ができない・△△が理解できない」・・などなどが列挙されていました。
そして読み進めると最後の最後にこの一文が。
「でも、SMAP解散のニュースは知っている」
あらまぁ、さすが国民的アイドル!認知症の方の記憶にしっかりと残るなんて!
社会福祉士としては「SMAPメンバーの自己決定権はいかに?」などとちょっぴり考えてしまうけれど、でもやっぱり5人そろった姿を見ていたいなぁと、その昔「SMAP全員から告白される」というずうずうしい夢を見た私としては(本当に見たんです。目が覚めて我ながらビックリ!)事の成り行きにホッとしているところ。きっとAさんも・・・ね。
Aさんは認知症で、その書類には「日付がわからない・曜日がわからない・食べたことを忘れる・○○ができない・△△が理解できない」・・などなどが列挙されていました。
そして読み進めると最後の最後にこの一文が。
「でも、SMAP解散のニュースは知っている」
あらまぁ、さすが国民的アイドル!認知症の方の記憶にしっかりと残るなんて!
社会福祉士としては「SMAPメンバーの自己決定権はいかに?」などとちょっぴり考えてしまうけれど、でもやっぱり5人そろった姿を見ていたいなぁと、その昔「SMAP全員から告白される」というずうずうしい夢を見た私としては(本当に見たんです。目が覚めて我ながらビックリ!)事の成り行きにホッとしているところ。きっとAさんも・・・ね。
『70歳をすぎた親が元気なうちに読んでおく本』 ― 2016年02月14日 07:23
昨日、打ち合わせに伺った先でのこと。ピンポンがなって何やら荷物が届きました。どうやらネット注文した本が配達されたようなのですが、
開封しながら「あれ?同じ本が2冊届いてしまった。2回クリックしちゃったかなぁ」とおっしゃっています。
あぁ、たまにありますね、そういうこと。ネットでの買い物の注意点の1つですよね・・・と思っていたら、
「1冊差し上げます」
え~、それはありがたいけど、しかも何だかおもしろそうな本だし、いやいやでもお支払いします!
と申し上げたのですが、結局お言葉に甘えて頂戴する運びとなりました。思いがけないプレゼント、嬉しいことです。
突然私のもとにやってきたその本は『70歳をすぎた親が元気なうちに読んでおく本』(永峰英太郎 マンガ:たけだみりこ アスペクト 2015年8月)です。副題に「入院、死亡、認知症、相続の対応がすべてわかる」とあるとおり、介護の話だけではなく(もちろん要介護認定の話もでてきますが)、直面するアレコレが網羅されています。
著者がアタフタした実体験がベースですし、マンガも読みやすいし、でもマンガだけじゃなくてコンパクトにまとめて解説もしてあるし、これは判りやすい!私の親もまさに「70歳をすぎた元気な親」ですので、この本に書かれていることは身に沁みます。職業柄、介護系のことや死亡時の手続きなどの経験値は高いほうだと思いますが、それ以外のこと(特に親の資産や相続など)については「わかっちゃいるけどなかなか・・・」といったところです。。
帰りの電車の中で一気に読みました。貴重な一冊をいただきました。ありがとうございました。
開封しながら「あれ?同じ本が2冊届いてしまった。2回クリックしちゃったかなぁ」とおっしゃっています。
あぁ、たまにありますね、そういうこと。ネットでの買い物の注意点の1つですよね・・・と思っていたら、
「1冊差し上げます」
え~、それはありがたいけど、しかも何だかおもしろそうな本だし、いやいやでもお支払いします!
と申し上げたのですが、結局お言葉に甘えて頂戴する運びとなりました。思いがけないプレゼント、嬉しいことです。
突然私のもとにやってきたその本は『70歳をすぎた親が元気なうちに読んでおく本』(永峰英太郎 マンガ:たけだみりこ アスペクト 2015年8月)です。副題に「入院、死亡、認知症、相続の対応がすべてわかる」とあるとおり、介護の話だけではなく(もちろん要介護認定の話もでてきますが)、直面するアレコレが網羅されています。
著者がアタフタした実体験がベースですし、マンガも読みやすいし、でもマンガだけじゃなくてコンパクトにまとめて解説もしてあるし、これは判りやすい!私の親もまさに「70歳をすぎた元気な親」ですので、この本に書かれていることは身に沁みます。職業柄、介護系のことや死亡時の手続きなどの経験値は高いほうだと思いますが、それ以外のこと(特に親の資産や相続など)については「わかっちゃいるけどなかなか・・・」といったところです。。
帰りの電車の中で一気に読みました。貴重な一冊をいただきました。ありがとうございました。
ゴミ屋敷 ― 2016年02月22日 09:49
勉強不足を露呈するようでお恥ずかしいですが、先日、ある自治体の会議に出席した時に、初めて「ゴミ屋敷」という用語が「不適切な表現」として配慮が必要とされていることを知りました。
ゴミ屋敷・・・・何気なく使っていた気がします。
「不適切な表現」というのは、「使ってはいけないと決められているから使わない」のではなく、「その表現が相手にとってどう(不快に)受け止められるのか」に思いを馳せ、「相手の立場に立ったらこの状況でこの表現は使えない」という感性こそが重要だと思います。
というスタンスで考えるならば「ゴミ屋敷」という言葉のもつ意味合いは・・・?
ある種の、揶揄するような語感がいけないのだろうか・・・。
いや、違うな・・しっくりこないなぁ・・
帰りの電車の中で考えて考えて、ようやくたどり着いた!(と思う)
それは、つまり、住んでいるご本人にとっては「ゴミの山」ではなく、もしかしたら「宝物の山」かも知れないから。
「宝物」とまではいかないにしても「大切なもの」である可能性は高いわけです。そこを知ろうともせずに「ゴミ屋敷」と己の価値観で決めつけてはいけない・・・そういうことですね。
そう思うと、確かに気安く「ゴミ屋敷」なんて言えないです。
遅まきながら、ようやく気が付きました。
何気なく使っている言葉に対しての感受性を磨いておかないといけないなと改めて感じた次第です。「(社会福祉士である)自分の発する言葉は薬にもなれば刃にもなる」なんて偉そうに言っている割には鈍感なことでした。
ゴミ屋敷・・・・何気なく使っていた気がします。
「不適切な表現」というのは、「使ってはいけないと決められているから使わない」のではなく、「その表現が相手にとってどう(不快に)受け止められるのか」に思いを馳せ、「相手の立場に立ったらこの状況でこの表現は使えない」という感性こそが重要だと思います。
というスタンスで考えるならば「ゴミ屋敷」という言葉のもつ意味合いは・・・?
ある種の、揶揄するような語感がいけないのだろうか・・・。
いや、違うな・・しっくりこないなぁ・・
帰りの電車の中で考えて考えて、ようやくたどり着いた!(と思う)
それは、つまり、住んでいるご本人にとっては「ゴミの山」ではなく、もしかしたら「宝物の山」かも知れないから。
「宝物」とまではいかないにしても「大切なもの」である可能性は高いわけです。そこを知ろうともせずに「ゴミ屋敷」と己の価値観で決めつけてはいけない・・・そういうことですね。
そう思うと、確かに気安く「ゴミ屋敷」なんて言えないです。
遅まきながら、ようやく気が付きました。
何気なく使っている言葉に対しての感受性を磨いておかないといけないなと改めて感じた次第です。「(社会福祉士である)自分の発する言葉は薬にもなれば刃にもなる」なんて偉そうに言っている割には鈍感なことでした。
『目の見えない人は世界をどう見ているのか』 ― 2016年02月26日 08:59
読んでいてワクワクしました。これ、比較文化論だと思います(著者はまえがきで「身体論」と表現されていますが)。『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(伊藤亜紗 光文社新書 2015年4月)を一気に読みました。私の価値観の一部が変容したと感じます。
見えない人にとっての世界を書いた本・・といっても、例えば、見える人がアイマスクをして歩いてみて「怖い」「大変」と感じるといった、そういう独りよがりな話ではありません。そして「だから助けてあげましょう」といった「道徳的」な話でもありません。
そうですね、例えば、日本人は虹を7色に見るけれどある国では5色ととらえる・・とか、虫の音色を日本人は美しい響きと受け止めるけどどこそこの国では雑音・・とか、「かわず飛び込む水の音」と聞けば日本人は当然「一匹のカエル」を想起するけれど英語圏の人は「単数か複数か」を明確にしなければ判らない・・とか、そういうものの捉え方の違いの話です。そこに上位下位の概念もなく、優劣もなく、もしてや「欠落」でもない。あるのはただただ「違い」だけ。その関係はフラットです。
そんなふうな「違い」が書かれているんです、見えてる人と見えない人の。
「へぇ~そうなんだ~」と知らない文化に接した気がします。
「ソーシャルビュー」なんて言葉も概念も知らなかったし、「見えない世界に死角はない」とか「媒介としての障害」とか、新たな視点を得ることができました。
そもそも「見る」ってどういうことなのか・・・、私は本当に「見えて」いるのか・・・私に「見えて」いるものは何なのか・・・考え出すと止まりません。
「目から鱗」が満載の一冊でした。
見えない人にとっての世界を書いた本・・といっても、例えば、見える人がアイマスクをして歩いてみて「怖い」「大変」と感じるといった、そういう独りよがりな話ではありません。そして「だから助けてあげましょう」といった「道徳的」な話でもありません。
そうですね、例えば、日本人は虹を7色に見るけれどある国では5色ととらえる・・とか、虫の音色を日本人は美しい響きと受け止めるけどどこそこの国では雑音・・とか、「かわず飛び込む水の音」と聞けば日本人は当然「一匹のカエル」を想起するけれど英語圏の人は「単数か複数か」を明確にしなければ判らない・・とか、そういうものの捉え方の違いの話です。そこに上位下位の概念もなく、優劣もなく、もしてや「欠落」でもない。あるのはただただ「違い」だけ。その関係はフラットです。
そんなふうな「違い」が書かれているんです、見えてる人と見えない人の。
「へぇ~そうなんだ~」と知らない文化に接した気がします。
「ソーシャルビュー」なんて言葉も概念も知らなかったし、「見えない世界に死角はない」とか「媒介としての障害」とか、新たな視点を得ることができました。
そもそも「見る」ってどういうことなのか・・・、私は本当に「見えて」いるのか・・・私に「見えて」いるものは何なのか・・・考え出すと止まりません。
「目から鱗」が満載の一冊でした。










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